蜀犬 日に吠ゆ

2010-04-03

[][][][]ミステリアス・サノバビッチ~~酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫(その1) 12:55 はてなブックマーク - ミステリアス・サノバビッチ~~酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫(その1) - 蜀犬 日に吠ゆ

 歴史上等。その結果がこれだとすれば、あまりに恐ろしい未来が実現してしまったものです。雑誌『歴史上等』刊行のあかつき(たそがれ?)には、信長もワシントンもこんな感じで小説化されてしまうのでしょうか。

 酒見氏一流の孔明伝。というわけで、話の筋はおなじみの『三国志』。8章まで読み進めて、まだ三顧の礼まで来ていません。徐庶が「臥龍」を推挙して劉備の許を去ったところまで、ですが、酒見節が、ひどいというか、『陋巷に在り』でいえば「あとがき」の筆で本文も書いている、という感じなのですよ。『後宮小説』のハイ・ファンタジー性や、『墨攻』のハード歴史の、面影すら見えません。

劉皇叔、危難に遭いて水鏡の垂れる釣り針をみる

 わたしはif SFが好きではないからこれ以上述べないが、

酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫

 酒見先生、あの作品やこの作品や、あのあとがきは「if」ちゃうかったのですか? もはや何も信じられません。


 この作品は孔明の一代記であるため、いわゆる『三國志』(陳寿の正史と裴松之の注)や『三国志』(『演義』以下、和訳や亜流作品のこと)からすると、話が途中から始まることになります。そこで、三国志のおおまかな話を、酒見氏自身が解説してくれているので引き写します。

孔明、三顧に臨み、隆中、歌劇場と化す

リュー・ベイ(劉備)とクワン・ユー(関羽)、チャン・フェイ(張飛)はピーチ・ガーデン・プレッジ(桃園結義)以来、互いを”ブラザー”と、クリスチャンチックなのかヤング・ギャング風ブラックスタイリッシュチックなのか、呼び合っており、チャン・フェイが敵をヒットしたりすれば、リュー・ベイ、クワン・ユーは、

「ナイス・アタック! ブラザー」

 とビッと親指を突き立てて拳を握ったりするわけだし、黄巾賊を追い詰め鏖にするときも、キャプテン・リュー・ベイが、

「ヘイ、キル・ゾーズ・フェローズ!(奴らを吊せ!)エクスタミネート、イエロー・ターバンズ!(黄色頭巾どもを血祭りに上げろ!)」

 とイエローどもを人間と思うな、とメキシコ人密入国者を狩るときのように豪快に命令し、ツァオ・ツァオ(曹操)がド汚いことをすれば、

「ファック、ツァオ・ツァオ! ガツッ・ダムン・シット」

 と口汚く罵るのがよく似合う。

酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫

孔明、三顧に臨み、隆中、歌劇場と化す

 お話の前半、リュー・ベイ・ブラザーズが馬を駆って激走し、敵を狩り殺す様はインディアンと戦う騎兵隊というしかなく、一騎打ちはガンマンの決闘である。ドン・ヅォ(董卓)は涼州の乾ききった荒野からやってきた血も涙もないアウトローたちのボスで、リュ・ブ(呂布)は愛した女に裏切られ、殺しに取り憑かれるしかなかった非常のロンリー・ソルジャーだ。

酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫

孔明、三顧に臨み、隆中、歌劇場と化す

 中盤からは話が少し変わる。

 マーベラス・クレバー・ワン(天下の奇才)は、ニックネームをスリーピング・ドラゴン(臥竜)またはヒドゥン・ドラゴン(伏竜)と呼ばれている実態不明のミステリアス・サノバビッチである。かれはスリーピング・ドラゴンズ・ヒル(臥竜岡)に棲んでいて、勇者は手みやげに玉でも持って万難を排して会いに行かねばならないのである。ドクター・ウォーター・ミラー(水鏡先生)がアンクル・リュー(劉皇叔)に、

「あのグレート・ファッキン・ボーイをスカウトしストラテジストとすれば、ハン・エンパイア(漢室)をリストアできよう」

 と説くのだが、そのくせジェネラル・リュー(劉将軍)が、

「フー・イズ・ヒドゥン・ドラゴン?」

 と何度質問しても、オールド・ウォーター・ミラーは、

「グッド、グッド」

 とリプレイするだけであった。

 ちなみに鳳雛はフェニックス・フレッジリング(駆け出し不死鳥)というらしい。竜とドラゴンは本当はちがう生き物なのだが、現代では一緒くたにされてしまっており、チャイナ・ファンタジーはお好きですか? というしかあるまい。

 シュー・シュー(徐庶)が去る前にコン・ミン(孔明)に後任を頼みに行ったとき、コン・ミンが

「ユー、ゴー・ツー・ヘル! オレをザ・ヴィクテム・オブ・ユア・サクリファイスにするんじゃねえ」

 と激怒するのは原作通りである。しかし「貴様の身代わりにいけにえ」というフレーズは原作以上の怒りと呪い感がこもっている。またシュー・シューの母を讃える歌は、

ハイル! マザー・シュー

ユア・メモリー

ホイル・オブ・タイム・ロールズ・オン

シャル・ネバー・ダイ


(賢なる哉徐が母、芳を千古に流せり)

 と、もはや永遠のブルースとなっている。

 さてアンクル・リューはスリータイム・ビジットの後、ようやく”ザ・マスター”とも称されるエキセンットリック・ミラクル・ガイ、スリーピング・ドラゴンに面会がかない、ウルトラ・ワイズマンであるコン・ミンはとうとう世に出ることになる。文中にはかっこいいポエムやソングがたくさん挿入され、なんだかネイティヴ・アメリカンの口承物語をミュージカルにして観ているような錯覚すらおぼえるほどである。

酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫

孔明、三顧に臨み、隆中、歌劇場と化す

 この後のスペル・マエストロ・コン・ミンの活躍やいかに。スリーピング・ドラゴンが、チョウ”ビューティ・ザ・マン”(美周郎)が、ワンダフル・サイエンティフィック・ミリタリー・プランを戦わせながら、ザ・グレート・バトル・オブ・レッド・クリフ(赤壁大戦)にてんやわんやの活躍をする

酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫

 うんぬん。

 いちおう三国志とは関係のない部分を省略して引用してはいますが、一体これは三国志なのか、まあ三国志なのでしょうが、小説なのでしょうか。歴史上等だけではなくて、小説上等にまで突きぬけようとしているのでしょうか。

 いや、このへん読んでてあまりのアホらしさに涙すら……間違い

孔明、五禽の戯れに醜女を獲る

ええかっこしいの孔明は、

(羞ずることなし)

 と気にするそぶりを抑え、堂々としていたが、それでも目が心の汗で潤ってくるのは何故?

酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫

 目が心の汗で潤ってきました。

孔明、三顧に臨み、隆中、歌劇場と化す

 話を戻す。

 まあ、要するにロング・ロング・タイム・アゴー……イン・トゥーブレント・エイジ(乱世)にロイヤル・ブラッドのベリー・ナイス・ヒーローを二人のスーパー・ストロンゲスト・グラジエーターがサポート&アシストしながらテリブルに暴れ回り、ある晴れた日、ハーミットであったドラゴン・ウィザードまたはドラゴン・ソーサリーが出てきて、プラン・オブ・スリー・キングダムズ(天下三分の計)でまやかし、マジックやオカルティック・アートを駆使してドミネーション・オブ・ザ・ワールド(天下制覇)のために邁進していくレジェンド・ストーリー、それが『三国志』なのだっ。持ってけ、ファンタジー! 歴史解釈とか糞食らえな感じといおうか。荒唐無稽で上等、男の生き様とかロマンも、その場がかっこよくさえあれば別にどうでもいい。

酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫

 全然要してないのですが、わたしがまとめるとすると、要するに「三国上等」なのです。


 いやあ、しかし、本当にあとがきの筆致で本文を書いていたとは。

歴史上等

「オレら歴史上等っスから。織田信長だろーが諸葛孔明だろーが、ただイクだけっす」

 というようなカブキ心

酒見賢一『陋巷に在り』2 新潮文庫
歴史上等

歴史は女が作る、ともいう。よってレディースだって上等だ。

「いいか、テメエら、これからの歴史小説はアタイたちがシキる。だから歴史上等! ヨロシク」

酒見賢一『陋巷に在り』2 新潮文庫

 イキ過ぎ感も否めませんが、星落五丈原までこのテンションが続けば、それはそれで偉大だと思います。

泣き虫弱虫諸葛孔明 第壱部 (文春文庫)

泣き虫弱虫諸葛孔明 第壱部 (文春文庫)