蜀犬 日に吠ゆ

2010-04-11

[][][][]衛霊公第十五を読む(その18) 19:20 はてなブックマーク - 衛霊公第十五を読む(その18) - 蜀犬 日に吠ゆ

吾は猶お史の(闕文)に及べり

 衛霊公第十五(380~420)

404 子曰。吾猶及史之(闕文)(記小善?)也。有馬者借人乗之。今亡矣夫。

(訓)子曰く、吾は猶お史の(闕文)(小善を記したる?)に及べり。馬ある者は人に借してこれに乗らしめたり、と。今は亡きかな。

(新)子曰く、私はそれでもまだ、歴史に(小さな善事でも書きこんだ時代のあること?)を見て知っている。例えば馬を持っている人が、ない人に貸して車をひかせたというようなことまで。今はもうそんな歴史の書き方はない。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫
 衛霊公第十五(380~420)

 従来の注釈の多くは闕文の二字をそのまま本文として読み、歴史に闕文があれば、闕文のままに残した、と解してきた。しかし下文へ行って、その風習がなくなったというのはおかしい。実際はずっと後世まで続いている。例えば闕文の多いことで有名な、漢の陸賈の新語の如き書は、到るところに、闕何字、と注している。

 そこで闕文の二字を、本当に論語のこの箇所に闕文があったので、闕文と注記したのを、後世の人が誤って本文の中に読みこんでしまったのであろう、という新しい説を荻生徂徠が唱えた。私はこの説をとる。闕文であるからその内容は分らない。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 と、ここまではよいと思います。しかし、その後が続くのが宮崎先生流。

しかし例えばどんな文字だったかを想像するならば、下文を生かすために、記小善、という三字を補って見た。その小善の例が、馬あれば人に貸して乗らせる、といったようなことなのである。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 それはどうでしょう。

 公冶長第五117に子路が、友人と車馬を共用にしたことが書いてある。そこで普通の手段ではこの処の、有馬者借人云云の解釈ができない。そこでこの場合は、手におえない荒馬を人に貸して乗りこなしてもらうことだ、と従来の注釈は説明するが実に苦しい。馬を慣らすには昔から調教師というものがちゃんといたことは367を参照。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 金谷治先生は、「歴史家が謙虚で、馬持つ人はやさしかった」とします。