蜀犬 日に吠ゆ

2010-04-14

[][][][]衛霊公第十五を読む(その21) 20:43 はてなブックマーク - 衛霊公第十五を読む(その21) - 蜀犬 日に吠ゆ

以て思うも益なし。学ぶに如かざるなり

 衛霊公第十五(380~420)

409 子曰。吾嘗終日不食。終夜不寝。以思無益。不如学也。

(訓)子曰く、吾れ嘗て終日食らわず、終夜寝ねずして、以て思うも益なし。学ぶに如かざるなり。

(新)子曰く、私の若い時、一日中食うことを忘れ、一晩中寝ることをやめて、思索に耽ったが、結局得るところがなかった。そして実事の中に学問があると悟った。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

道を憂え、貧なるを憂えず

 衛霊公第十五(380~420)

410 子曰。君子謀道不謀食。耕也餧在其中矣。学也禄在其中矣。君子憂道不憂貧。

(訓)子曰く、君子は道を謀りて食を謀らず。耕すや、餧其の中に在り。学ぶや、禄其の中に在り。君子は道を憂え、貧なるを憂えず。

(新)子曰く、諸君は修養に専念して、衣食のことは心配せぬがよい。農夫が耕作すれば自然に食物の収穫が得られるのと同じく、諸君は学問していれば自然に俸禄が向うの方から歩いてくるものだ。諸君は修養のたりないことに悩むのがよい、貧乏に心を痛めることはない。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 逆にいえば、貧乏に汲々としてこだわるのは小人ということになりますね。

 餒と餧は甚だ字形が似ている上に、餒と餧とに共通して飢餓という意味がある。そこで筆者の際に誤ったことが十分考えられる。但し餧には飯の意味があるが、餒の方にはない。従来はあくまで餒に固執したために、耕しても餒(う)えることがある、と解し、この文章の意味が途中でねじれてしまい、下文とよくつながらなかった。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫