蜀犬 日に吠ゆ

2010-04-19

[][][]小なる章を読む(その1) 「一、宝」 21:40 はてなブックマーク - 小なる章を読む(その1) 「一、宝」 - 蜀犬 日に吠ゆ

この真理によって幸せであれ。

第二 小なる章

一、宝

二二二 ここに集まった諸々の生きものは、地上のものでも、空中のものでも、すべて歓喜せよ。そうして心を留めてわが説くところを聞け。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

第二 小なる章

一、宝

二二三 それ故に、すべての生きものよ、耳を傾けよ。昼夜に供物をささげる人類に、慈しみを垂れよ。それ故に、なおざりにせzに、かれらを守れ。


二二四 この世また来世におけるいかなる富であろうとも、天界におけるすぐれた宝であろうとも、われらの全き人(如来)に等しいものは存在しない。この勝れた宝は、目ざめた人(仏)のうちに存する。この真理によって幸せであれ。


二二五 心を統一したサキヤムニは、(煩悩の)消滅・利欲・不死・勝れたものに到達された、――その理法と等しいものは何も存在しない。このすぐれた宝は理法のうちに存する。この真理によって幸せであれ。


二二六 最も勝れた仏が讃嘆したもうた清らかな心の安定を、ひとびとは「(さとりに向って)間をおかぬ心の安定」と呼ぶ。この(心の安定)と等しいものはほかに存在しない。このすぐれた宝は理法の(教え)のうちに存する。この真理によって幸せであれ。


二二七 善人のほめたたえる八輩の人はこれらの四双の人である。かれらは幸せな人(ブッダ)の弟子であり、施与を受けるべきである。かれらに施したならば、大いなる果報をもたらす。この勝れた宝は(つどい)のうちにある。この真理によって幸せであれ。


二二八 ゴータマ(ブッダ)の教えにもとづいて、堅固な心をもってよく努力し、欲望がなく、不死に没入して、達すべき境地に達し、代償なくして得て、平安の楽しみを享けている。この勝れた宝は(つどい)のうちにある。この真理によって幸せであれ。


二二九 城門の外に立つ柱が地の中に打ち込まれていると、四方からの風にも揺がないように、諸々の聖なる真理を観察してみる立派な人は、これに譬えられるべきである、とわれは言う。この勝れた宝は(つどい)のうちにある。この真理によって幸せであれ。


二三〇 深い智慧ある人(ブッダ)がみごとに説きたもうた諸々の聖なる真理をはっきりと知る人々は、たとい大いになおざりに陥ることがあっても、第八の生存を受けることはない。この勝れた宝は(つどい)のうちにある。この真理によって幸せであれ。


二三一 (ⅰ)自身を実在とみなす見解と(ⅱ)疑いと(ⅲ)外面的な戒律・誓いという三つのことがらが少しでも存在するならば、かれが知見を成就するとともに、それらは捨てられてしまう。かれは四つの悪い場所から離れ、また六つの重罪をつくるものとはなり得ない。このすぐれた宝が(つどい)のうちに存する。この真理によって幸せであれ。


二三二 またかれが身体によって、ことばによって、またはこころの中で、たとい僅かなりとも悪い行為をなすならば、かれはそれを隠すことができない。隠すことができないということを、究極の境地を見た人は説きたもうた。このすぐれた宝が(つどい)のうちに存する。この真理によって幸せであれ。


二三三 夏の月の初めの暑さに林の茂みでは枝が花を咲かせたように、それに譬うべき、安らぎに赴く妙なる教えを(目ざめた人、ブッダが)説きたもうた、――ためになる最高のことがらのために。このすぐれた宝が目ざめた人(ブッダ)のうちに存する。この真理によって幸せであれ。


二三四 勝れたものを知り、勝れたものを与え、勝れたものをもたらす勝れた無上の人が、妙なる教えを説きたもうた。このすぐれた宝が(目ざめた人)(ブッダ)のうちに存する。この真理によって幸せであれ。


二三五 古い(業)はすでに尽き、新しい(業)はもはや生じない。その心は未来の生存に執着することなく、種子をほろぼし、それが生長することを欲しないそれらの賢者は、灯火のように滅びる。このすぐれた宝が(つどい)のうちに存する。この真理によって幸せであれ。


二三六 われら、ここに集まった諸々の生きものは、地上のものでも、空中のものでも、神々と人間とのつかえるこのように完成した(目ざめた人)(ブッダ)を礼拝しよう。幸せであれ。


二三七 われら、ここに集まった諸々の生きものは、地上のものでも、空中のものでも、神々と人間とのつかえるこのように完成した(教え)を礼拝しよう。幸せであれ。


二三八 われら、ここに集まった諸々の生きものは、地上のものでも、空中のものでも、神々と人間とのつかえるこのように完成した(つどい)を礼拝しよう。幸せであれ。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

[][][][]衛霊公第十五を読む(その25) 20:43 はてなブックマーク - 衛霊公第十五を読む(その25) - 蜀犬 日に吠ゆ

其の事を敬しみ

 衛霊公第十五(380~420)

416 子曰。事君敬其事而後其食。

(訓)子曰く、君に事うるには、其の事を敬しみて、其の食を後にす。

(新)子曰く、仕官した以上は、その職責を第一と考え、その報酬のことは後まわしにする。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 殺生な。霞を食べろと言うのでしょうか。

 心構えとしてはそうなのでしょうけれども、中国の「人治」ぶりを見るにつけ、儒教精神としては意外に非現実的な教条みたような章句ですね。


教えありて類なし

 衛霊公第十五(380~420)

417 子曰。有教無類。

(訓)子曰く、教え有りて類なし。

(新)子曰く、人間の差異は教育の差であり、人種の差でない。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 陽貨第十七「性、相い近し」に通じる内容。


道、同じからざれば

 衛霊公第十五(380~420)

418 子曰。道不同。不相為謀。

(訓)子曰く、道、同じからざれば、相い為に謀らず。

(新)子曰く、職業が違った同士の間では、商売の相談をしあわない。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

辞は達するのみ

 衛霊公第十五(380~420)

419 子曰。辞達而已矣。

(訓)子曰く、辞は達するのみ。

(新)子曰く、言葉や文章は意味がはっきり通ずれば、それが最上だ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫