蜀犬 日に吠ゆ

2010-04-20

[][][]小なる章を読む(その2) 21:40 はてなブックマーク - 小なる章を読む(その2) - 蜀犬 日に吠ゆ

肉食することがなまぐさいのではない

第二 小なる章

二、なまぐさ

二三九 「稷・ディングラカ・チーナカ豆・野菜・球根・蔓の実を善き人々から正しいしかたで得て食べながら、欲を貪らず、偽りを語らない。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

第二 小なる章


二四〇 よく炊がれ、よく調理されて、他人から与えられた純粋で美味な米飯の食物を舌鼓うって食べる人は、なまぐさを食うのである。カッサパよ。


二四一 梵天の親族(バラモン)であるあなたは、おいしく料理された鶏肉とともに米飯を味わって食べながら、しかも(わたしはなまぐさものを許さない)と称している。カッサパよ、わたくしはあなたにこの意味を尋ねます。あなたの言う(なまぐさ)とはどんなものなのですか。」


二四二 「生きものを殺すこと、打ち、切断し、縛ること、盗むこと、嘘をつくこと、詐欺、だますこと、邪曲を学習すること、他人の妻に親近すること、――これがなまぐさである。肉食することが(なまぐさい)のではない。


二四三 この世において欲望を制することなく、美味を貪り、不浄の(邪悪な)生活をまじえ、虚無論をいだき、不正の行いをし、頑迷な人々、――これがなまぐさである。肉食することが(なまぐさい)のではない。


二四四 粗暴・残酷であって、陰口を言い、友を裏切り、無慈悲で、極めて傲慢であり、ものおしみする性で、なんぴとにも与えない人々、――これがなまぐさである。肉食することが(なまぐさい)のではない。


二四五 怒り、驕り、強情、反抗心、偽り、嫉妬、ほら吹くこと、極端の高慢、不良の徒と交わること、――これがなまぐさである。肉食することが(なまぐさい)のではない。


二四六 この世で、性質が悪く、借金を踏み倒し、密告をし、法廷で偽証し、正義を装い、邪悪を犯すもっとも劣等な人々、――これがなまぐさである。肉食することが(なまぐさい)のではない。


二四七 この世でほしいままに生きものを殺し、他人のものを奪って、かえってかれらを害しようと努め、たちが悪く、残酷で、粗暴で無礼な人々、――これがなまぐさである。肉食することが(なまぐさい)のではない。


二四八 これら(生けるものども)に対して貪り求め、敵対して殺し、常に(害を)なすことにつとめる人々は、死んでからは暗黒に入り、頭を逆まにして地獄に落ちる、――これがなまぐさである。肉食することが(なまぐさい)のではない。


二四九 魚肉・獣肉(を食わないこと)も、断食も、裸体も、剃髪も、結髪も、塵垢にまみれることも、粗い鹿の皮(を着ること)も、火神への献供につとめることも、あるいはまた世の中でなされるような、不死を得るための苦行も、(ヴェーダの)呪文も、供犠も、祭祀も、季節の荒行も、それらは、疑念を超えていなければ、その人を清めることができない。


二五〇 通路(六つの機官)をまもり、機官にうち勝って行動せよ。理法の内に安立し、まっすぐで柔和なことを楽しみ、執著を去り、あらゆる苦しみを捨てた賢者は、見聞したことに汚されない。」


二五一 以上のことがらを尊き師(ブッダ)はくりかえし説きたもうた。ヴェーダの呪文に通じた人(バラモン)はそれを知った。なまぐさを離れて、何ものにもこだわることのない、跡を追いがたい聖者(ブッダ)は、種々の詩句を以てそれを説きたもうた。


二五二 目ざめた人(ブッダ)のみごとに説きたもうた――なまぐさを離れ一切の苦しみを除き去る――ことばを聞いて、(そのバラモンは)、謙虚なこころで、全き人(ブッダ)を礼拝し、即座に出家することをねがった。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫