蜀犬 日に吠ゆ

2010-04-26

[][][][]季氏第十六を読む(その6) 19:23 はてなブックマーク - 季氏第十六を読む(その6) - 蜀犬 日に吠ゆ

君子に侍するに三愆あり

 季氏第十六(421~434)

426 孔子曰。侍於君子有三愆。言未及之而言。謂之躁言及之而不言。謂之隠。未見顔色而言。謂之瞽。

(訓)孔子曰く、君子に侍するに三愆あり。言いいまだこれに及ばずして言う。これを躁と謂う。言これに及びて言わず。これを隠と謂う。未だ顔色を見ずして言う。これを瞽という。

(新)孔子曰く、主人の側近に仕える者のしてならぬことが三箇条ある。主人がこれから言おうとしていることを先まわりして言うのは軽はずみだ。主人に言えと言われて黙っているのは腹黒だ。主人の機嫌の善し悪しを見定めないでしゃべり出すのは盲目と言うべきだ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 言葉には、言うべきタイミングあるという話。

 徒然草で言うなら、第一五五段。

 世に従はん人は、先づ、機嫌を知るべし。序悪しき事は、人の耳にも逆ひ心にも違いて、その事成らず。さやうの折節を心得べきなり。但し、病を受け、子生み、死ぬる事のみ、機嫌をはからず、序悪しとて止む事なし。

安良岡康作訳注『徒然草』旺文社文庫

 云々。兼好法師はこのあと、「いち早く出家すること」を主張するので後略。

徒然草 (対訳古典シリーズ)

徒然草 (対訳古典シリーズ)


 人の耳に、心に届く言葉というのは、その内容だけではなくて時宜に適っている必要もあるのです。

 これは人に卑屈を教えるものではない。社会人として生きてゆく上に、心得ておくべき礼儀である。この礼儀は、中国では、現在でもよく生きている。日本人はこの訓練に乏しいようである。

吉川幸次郎『論語』下 朝日選書

 さすがに中国はスマートで、日本はあいかわらず、泥くさい