蜀犬 日に吠ゆ

2010-05-03

[][][]古今和歌集を読む 仮名序(その2) 21:00 はてなブックマーク - 古今和歌集を読む 仮名序(その2) - 蜀犬 日に吠ゆ

 古今集を読む。

仮名序

 そもそも、歌の様六つなり。唐の歌にも、かくぞあるべき。その六種の一つには、そへ歌、おほさゞきの帝をそへたてめつれる歌、

難波津に咲くやこの花、冬ごもり今は春べと、咲くやこの花

と言へるなるべし。

 二つには、かぞへ歌、

咲く花に思ひつくみのあぢきなさ、身にいたづきのいるも知らずて

と言へるなるべし。これは、たゞごとに言ひて物にたとへなどせぬものなり。この歌、いかに言へるにかあらん。その心えがたし。五つにはたゞごと歌と言へるなん、これにはかなふべき。

 三つには、なずらへ歌、

君に今朝あしたの霜のおきていなば、恋しきごとに消えやわたらん

と言へるなるべし。これは、物にもなずらへて、それがやうになんなるとやうに言ふなり。この歌、よくななへりとも見えず、「たらちめの親のあかふこのまゆごもり、いぶせくもあるか、妹にあはずて」かやうなるや、これにはかなふべからん。

 四つには、たとへ歌、

わが恋はよむとも尽きじ、荒磯海の浜の真砂はよみ尽くすとも

と言へるなるべし。これは、万の草木鳥けだものにつけて、心を見するなり。この歌は、隠れたる所なむなき。されど、はじめのそへ歌と同じやうなれば、すこし様をかへたるなるべし。「須磨のあまの塩やく煙、風をいたみ、思はぬ方になびきにけり」、この歌などや、かなふべからん。

 五つには、たゞごと歌、

いつはりのなき世なりせば、いかばかり人の言の葉うれしからまし

といへるなるべし。これは、事のとゝのほり正しきをいふなり。この歌の心、さらにかなはず。とめ歌といふべからん。「山桜、あくまで色を見つるかな、花ちるべくも風ふかぬ世に」

 六つには、いはひ歌。

この殿はむべも富みけり、さきくさの三葉四葉に殿つくりせり

と言へるなるべし。これは、世をほめて神に告ぐるなり。この歌、いはひ歌と見えずなんある。「春日野に若葉つみつゝ万世をいはふ心は、神ぞ知るらん」。これらや、すこしかなふべからん。おほよそ、むくさにわかれん事には、えあるまじき事になん。

佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫
古今和歌集 (岩波文庫)

古今和歌集 (岩波文庫)


[]『世界樹の迷宮Ⅲ 星海の来訪者』ATLUS(その9) 20:47 はてなブックマーク - 『世界樹の迷宮Ⅲ 星海の来訪者』ATLUS(その9) - 蜀犬 日に吠ゆ

 迷宮に潜り始めてから、すでに一ヶ月が経過してしまいました。「皇帝ノ月1日」から、すでに「笛鼠ノ月」へ。

 それでいて、未だ第一階層「垂水の樹海」を突破できていません。代わりに強く成りすぎて、各階のFOEを惨殺しまくり。一ヶ月目にやっておけば、いや、それは言うまい。

 ますますレベルが上がりまくり、新商品も入荷しまくったので、いよいよ余裕を以て魔魚ナルメルを撃破。第二階層「海嶺の水林」へ。

  1. 第一階層でやりのこしたこと、やりのがしたこと
    • 素材とアイテムを交換してくれる兵士は、「まだまだたりない」とか言っていたのにもういなくなっています。なにかイベントとして展開したのでしょうか。
    • ギルド「ムロツミ」。かなえちゃんが探していたシノビが、カバの所をいっしょにやり過ごした少年だとは思うのですが、もうアーマンの宿の子もかなえの消息を話してくれません。なにか手順を間違えましたかねえ。
    • 害魚の提起駆除。20尾ではランキング外。一位になるとなにかいいことが、あったのでしょうねえ。
  2. 第二階層
    • またギルド「クジュラ」のチュートリアルする人、つまりチューターが登場。ちょう高飛車*1なので反感を覚えますが、「あっしみたいなモンが……」みたいにへりくだる人から迷宮の危険を説明されても絶対きちんと聞かない自信がありますから、このくらいがいいのは、頭では理解できます。
      • 「樹海磁軸」うーむ。懐かしい。
    • 空気の流れで一方通行。うーむ。しみじみ懐かしい。
      • こんなギミックに懐かしがっていられるのも、基本一軍がオーヴァレベルだからなので、思えばむなしい。
    • とにかく、ずかずか踏破する。気分は「箱根八里」の、オージのモノノフ。

[][][][]季氏第十六を読む(その12) 16:38 はてなブックマーク - 季氏第十六を読む(その12) - 蜀犬 日に吠ゆ

斉の景公には馬千駟あり

 季氏第十六(421~434)

432 (誠不以富。亦祇以異。)斉景公有馬千駟。死之日。民無徳而称焉。伯夷叔斉。餓于首陽之下。民到于今称之。其斯之謂与。

(訓)(誠に富を以てせず。亦た祇だ異を以てするのみ、とあり。)斉の景公には馬千駟あり。死するの日、民、徳として称するなし。伯夷、叔斉は首陽の下に餓う。民、今に到るまでこれを称す。其れ、斯の謂いか。

(新)誠に富は万能でない。その他にも大事なものがある、という古語がある。斉の景公は個人の財産として馬四千頭もあった。死んだ時、誰ひとりその恩をたたえる者がなかった。周の初めの伯夷、叔斉は首陽山の麓で餓死したが、天下の人民は現今に到るまで、その徳をたたえてやまぬ。古語は正にこのことをいっているのだ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 288の最後の二句はこの条の初めに置かるべきものである。更にこの条のどこかに、子曰、の二字が落ちたと思われる。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

*1:「上から目線」よりこっちの表現のがよかないか。まあ、わたしはこっちのほうが好き、ということですが。