蜀犬 日に吠ゆ

2010-05-04

[]まだ浅いよ!~~『世界樹の迷宮Ⅲ 星海の来訪者』ATLUS(その10) 20:19 はてなブックマーク - まだ浅いよ!~~『世界樹の迷宮Ⅲ 星海の来訪者』ATLUS(その10) - 蜀犬 日に吠ゆ

 遂に、深きものどもが姿を顕現。

  1. ミッション「海嶺の水林に潜む死の罠を追え!」
    • キャンプだホイホイホイ♪ とか言っていたような気がする少女オランピア。その口車に乗って見たところ、デストラップ。→アリアドネの糸で余裕の回避。→「深都」に近づく「海都」への警告を残し、オランピアは姿を消す。
    • 元老院に報告すると、ミッションが発動! なんかミステリ風味! しかし敵はおそらくホラー!

[][][]古今和歌集を読む 仮名序(その3) 20:12 はてなブックマーク - 古今和歌集を読む 仮名序(その3) - 蜀犬 日に吠ゆ

 古今集を読む。

仮名序

 今の世の中、色につき、人の心、花になりにけるより、あだなる歌はかなき言のみいでくれば、色好みの家に埋れ木の人知れぬ事となりて、まめなる所には、花すゝきほにいだすべき事にもあらずなりにたり。その初めを思へば、かゝるべくなむあらぬ。いにしへの世々の帝、春の花の朝、秋の月の夜ごとに、さぶらふ人々をめして、事に付けつゝ歌をたてまつらしめたまふ。あるは花をそふとて便なき所にまどひ、あるは月を思ふとてしるべなき闇にたどれる心々を見たはひて、さかし、おろかなりと、知ろしめしけむ。然あるのみにあらず、さゞれ石にたとへ、筑波山にかけて、君をねがひ、喜び身に過ぎ、楽しび心に余り、富士の煙によそへて人を恋ひ、松虫の音に友をしのび、高砂・住江の松も相生ひのやうにおぼえ、男山の昔を思ひいでて、女郎花の一時をくねるにも、歌をいひてぞなぐさめける。また、春の朝に花のちるを見、秋の夕ぐれに木の葉の落るつをきゝ、あるは、年ごとに鏡の影に見ゆる雪と波とを嘆き、草の露、水の泡を見て、我が身をおどろき、あるは、昨日は栄えおごりて、時を失ひ、世にわび、親しかりしもうとくなり、あるは、松山の波をかけ、野中の水をくみ、秋萩の下葉をながめ、暁の鴫の羽がきを数へ、あるは、呉竹のうき節を人に言ひ、吉野川をひきて世の中を恨み来つるに、「今は、富士の山も煙たゝずなり、長柄の橋も造るなり」と聞く人は、歌にのみぞ心をなぐさめける。

佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫

[][][][]季氏第十六を読む(その13) 18:54 はてなブックマーク - 季氏第十六を読む(その13) - 蜀犬 日に吠ゆ

問一得三

 季氏第十六(421~434)

433 陳亢問於伯魚曰。子亦有異聞乎。対曰。未也。嘗独立。鯉趨而過庭。曰。学詩乎。対曰。未也。不学詩。無以言。鯉退而学詩。他日又独立。鯉趨過庭。曰。学礼乎。対曰。未也。不学礼。無以立。鯉退而学礼。聞斯二者。陳亢退而喜曰。問一得三。聞詩聞礼。又聞君子之遠其子也。

(訓)陳亢、伯魚に問うて曰く、子も亦た異聞あるか。対えて曰く、未だし。嘗て独り立つ。鯉、、趨りて庭を過ぐ。曰く、詩を学びたるか。対えて曰く、未だし。(曰く)詩を学ばざれば、以て言うなし、と。鯉、退いて詩を学ぶ。他日又た独り立つ。鯉、趨りて庭を過ぐ。曰く、礼を学びたるか。対えて曰く、未だし。(曰く)礼を学ばざれば、以て立つなし、と。鯉、退いて礼を学べり。斯の二者を聞く。陳亢退き、喜んで曰く、一を問うて三を得たり。詩を聞き礼を聞き、又た君子の其の子を遠ざくるを聞けり。

(新)陳亢が孔子の子の伯魚(鯉)に尋ねた。先生について何か珍しい話題をお持ちですか。対えて曰く、それほどのことでもありませんが、先日父がひとりでほんやり立っていました。私がその前の庭を小走りで通りすぎました。詩を勉強したか、と聞かれましたので、まだです、と答えますと、詩を習わねば、物いうすべを知らぬぞ、と言われました。そこで私は自分で詩の勉強をしました。その後また父がひとりぼんやり立っていました。私がその前の庭を小走りで通りすぎました。礼を勉強したか、と聞かれましたので、まだです、と答えますと、礼を習わねば世間で一人前とされぬぞ、と言われました。そこで私は自分で礼の勉強をしました。このくらいのことです。陳亢は退出してから大喜びで話した。一つの質問で三つの知識を得た。詩のことを知り、礼のことを知り、先生は自分の子に手をとって教えないことを知った。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 さいごの句の説明としては、「孟子」の「離婁」篇上に、かの有名な条がある。「君子の、子に教えざるは何ゆえぞや」という公孫丑の問いに対し、孟子は答えていう。教育は正しさをもってしなければならないが、親の私生活をよく知っている子供は、お父さんは正義正義と子には押しつけながら、お父さん自身は、正義ばかりで生きていないじゃないかということになれば、父子は憎しみあうことになる。だから、「古えは子を易えて之れを教う」、お互いの子を取り換えて教育した。

吉川幸次郎『論語』下 朝日選書

 「趨」という小走りは、あらたまった場所での礼儀作法ですから、これは孔子の私邸部分ではなく、教室の方だったのかも知れません。そう考えると、ぼんやり庭を見ている夫子と、あっちからこっちへしょっちゅう走り回っている息子の鯉という、なんだか戯画的な情景が浮かんできます。

 おもしろい条ではあるが、あとからつくられた話しのような感じをまぬがれない。

吉川幸次郎『論語』下 朝日選書

 出来すぎである、ということでしょうか。