蜀犬 日に吠ゆ

2010-05-04

[][][]古今和歌集を読む 仮名序(その3) 20:12 はてなブックマーク - 古今和歌集を読む 仮名序(その3) - 蜀犬 日に吠ゆ

 古今集を読む。

仮名序

 今の世の中、色につき、人の心、花になりにけるより、あだなる歌はかなき言のみいでくれば、色好みの家に埋れ木の人知れぬ事となりて、まめなる所には、花すゝきほにいだすべき事にもあらずなりにたり。その初めを思へば、かゝるべくなむあらぬ。いにしへの世々の帝、春の花の朝、秋の月の夜ごとに、さぶらふ人々をめして、事に付けつゝ歌をたてまつらしめたまふ。あるは花をそふとて便なき所にまどひ、あるは月を思ふとてしるべなき闇にたどれる心々を見たはひて、さかし、おろかなりと、知ろしめしけむ。然あるのみにあらず、さゞれ石にたとへ、筑波山にかけて、君をねがひ、喜び身に過ぎ、楽しび心に余り、富士の煙によそへて人を恋ひ、松虫の音に友をしのび、高砂・住江の松も相生ひのやうにおぼえ、男山の昔を思ひいでて、女郎花の一時をくねるにも、歌をいひてぞなぐさめける。また、春の朝に花のちるを見、秋の夕ぐれに木の葉の落るつをきゝ、あるは、年ごとに鏡の影に見ゆる雪と波とを嘆き、草の露、水の泡を見て、我が身をおどろき、あるは、昨日は栄えおごりて、時を失ひ、世にわび、親しかりしもうとくなり、あるは、松山の波をかけ、野中の水をくみ、秋萩の下葉をながめ、暁の鴫の羽がきを数へ、あるは、呉竹のうき節を人に言ひ、吉野川をひきて世の中を恨み来つるに、「今は、富士の山も煙たゝずなり、長柄の橋も造るなり」と聞く人は、歌にのみぞ心をなぐさめける。

佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫