蜀犬 日に吠ゆ

2010-05-19

[][][][]陽貨第十七を読む(その1419:29 はてなブックマーク - 陽貨第十七を読む(その14) - 蜀犬 日に吠ゆ

三年の喪は、期して已に久し

 陽貨第十七(435~460)

455 宰我問。三年之喪。期已久矣。君子三年不為礼。礼必壌。三年不為楽。楽必崩。旧穀既没。新穀既升。鑽燧改火。期可已矣。子曰。食夫稲。衣夫錦。於女安乎。曰。安。女安則為之。夫君子之居喪。食旨不甘。聞楽不楽。居処不安。故不為也。今女安。則為之。宰我出。子曰。予之不仁也。子生三年。然後免於父母之懐。夫三年之喪。天下之通喪也。予也有三年之愛其父母乎。

(訓)宰我問う。三年の喪は、期して已に久し。君子、三年礼を為さざれば、礼必ず壌(やぶ)れん。三年楽を為さざれば、楽必ず崩れん。旧穀既に没(つ)きて、新穀既に升(みの)る。燧(すい)を鑽(き)り火を改め、期にして已むべし。子曰く、夫(か)の稲を食い、夫の錦を衣(き)る、女(なんじ)において安きか。曰く、安し。(曰く)女安ければこれを為せ。夫れ君子の喪に居るや、旨きを食えども甘からず、楽を聞けども楽しからず、居処して安からず、故に為さざるなり。今女安ければこれを為せ。宰我出づ。子曰く、予の不仁なるや。子生れて三年、然る後に父母の懐より免がる。夫れ三年の喪は天下の通喪なり。予や、其の父母において三年の愛あるか。

(新)宰我が尋ねた。親に対する三年の喪というのは、一年すんでから更にずっと先まで続きます。為政者が三年間も喪に服して、礼式を行わずにおれば礼式が壊れてしまい、三年音楽を行わずにおれば音楽も駄目になってしまいましょう。前年の穀物が消費された頃には、今年の新穀が丁度よく稔りをつげます。燧石を鑽って新しい火をつけ、古い火に代えて用いるのも一年ごとですから、喪においても期、すなわち一年でやめた方がよくはありませんか。子曰く、親が死んで一年たったら、旨い米を食べ、美しい着物を着る普通の生活に返って、それでお前は気が咎めないかね。曰く、別に何ともありません。子曰く、お前が何とも思わぬなら、好きなようにするがよい。いったい昔の人は喪に服している間は、旨いものを食べても味がなく、音楽を耳にしても楽しくなく、安逸に耽ろうとしても気が気でないから、始めからそういうことをしないのだ。ところがお前はそれで別になんともないなら、好きにするがよい。宰我が退出した。子曰く、宰予は何と不人情な男だ。子供は生まれてから三年たって、やっと父母の懐から離れる。だから父母のために三年の喪に服するのは、天下の至るところで通用している原則だ。宰予はその父母に対して、三年の恩を返す人情がないのだろうか。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 学而篇「三年無改」、里仁篇「三年無改」にありますように、三年は足かけ三年。「にあります」とか書きましたが、書いてなかったので、書き加えておきました。


 さて、不人情な宰我ですが、実際にはこの問答は、「机上の空論」といいますか、宰我が極端な議論を吹っかけたように見えますね。「おまえはそれで安らかなのかい?」とか聞かれて、「全然平気です」と返すあたり、宰我自身というよりは、「世の中には、そういう人も結構いるではないですか?」という挑発的な印象さえ、読み取れなくもありません。

 そういう点で、八佾篇「告朔の餼羊」の、子貢の議論と似ている部分があります。ただしかし、宰我の議論は、人間のなかでも低俗な部類を、まるで標準であるかのように強弁する点で孔子に「不仁」と叱責されてしまうわけであり、合理主義に基づく子貢の議論とは次元が違う、とでもいえましょうか。