蜀犬 日に吠ゆ

2010-05-21

[][][]古今和歌集を読む 仮名序(その5) 15:20 はてなブックマーク - 古今和歌集を読む 仮名序(その5) - 蜀犬 日に吠ゆ

 古今集仮名序

仮名序

 こゝに、いにしへのことをも歌の心をも知れる人の、わづかに一人二人なりき。然あれど、これかれ、得たる所・得ぬ所、たがひになむある。かの御時よりこの方、年は百年あまり、世は十継になん、なりにける。いにしへのこをも歌をも、しれる人よむ人、多からず。今この事を言ふに、官位(つかさくらゐ)高き人をば、たやすきやうなれば入れず。そのほかに、近き世にその名きこえたる人は、すなはち、僧正遍昭は、歌のさまは得たれども誠すくなし。たとへば、絵(ゑ)にかける女(をうな)を見て、いたづらに心を動かすがごとし。「浅みどり糸よりかけて、しら露を玉にもぬける春の柳か」「蓮葉(はちすば)の、にごりにしまぬ心もて、何かは露を玉とあざむく」「嵯峨野にてむまより落ちてよめる、名にめでて折れるばかりぞ、をみなへし、我おちにきと人に語るな」

 在原業平は、その心あまりて言葉たらず。しぼめる花の、色なくてにほひ残れるがごとし。「月やあらぬ、春や昔の春ならぬ、我が身一つはもとの身にして」「おほかたは月をもめでじ、これそこの積れば人の老いとなるもの」「ねぬる夜の夢をはかなみ、まどろめば、いやはかなにもなりまさるかな」

 文屋康秀は、言葉はたくみにて、そのさま身におはず。いはば、商人(あきひと)のよき衣(きぬ)きたらんがごとし。「吹くからに野べの草木のしをるれば、むべ山風をあらしといふらむ」「深草の(帝の)御国忌に、草深き霞の谷にかげかくし照る日のくれし今日にやはあらぬ」

 宇治山の僧喜撰は、言葉かすかにして、初め終りたしかならず。いはば、秋の月を見るに、暁の雲にあへるがごとし。「わが庵は都のたつみ、しかぞ住む、世を宇治山と人はいふなり」よめる歌多く聞えねば、かれこれを通はしてよく知らず。

 小野小町は、いにしへの衣通姫(そとほりひめ)の流れなり。あはれなるやうにて、強からず、言はば、よき女の悩めるところあるに似たり。強からぬは、女の歌なればなるべし。「思ひつつねればや人の見えつらん、夢と知りせばさめざらましを」「色見えで移ろふものは、世の中の人の心の花にぞありける」「わびぬれば身をうき草の根を絶えて、誘ふ水あらばいなんとぞ思ふ」。衣通姫の歌、「わがせこが来べきよひなり、さゝがにのくものふるまひかねてしるしも」

 大伴黒主は、そのさまいやし。いはば、薪負へる山人の、花のかげに休めるがごとし。「思ひいでて恋しき時は、初雁のなきてわたると、人は知らずや」「鏡山いざたち寄りて見てゆかむ、年へぬる身は老いやしぬると」

 このほかの人々、その名きこゆる、野辺に生ふるかづらのはひ広ごり、林にしげき木の葉のごとくに多かれど、歌のみと思ひて、そのさま知らぬなるべし。

佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫

 紀貫之ひどい。なにも実名でけなさなくても…… さらに真名序でもう一度やるのですから徹底しています。