蜀犬 日に吠ゆ

2010-05-22

[]白鯨に人生を呑み込まれた男~~『世界樹の迷宮Ⅲ 星海の来訪者』ATLUS(その1416:24 はてなブックマーク - 白鯨に人生を呑み込まれた男~~『世界樹の迷宮Ⅲ 星海の来訪者』ATLUS(その14) - 蜀犬 日に吠ゆ

 ようやく気づきました。ホシノミヤ博士(ファーマー)にはコモンスキル「ききかじり」を習得させておくべきだったのです! 何遍の夜を、何遍の昼を、無駄にしてしまったことでしょう。もう天牛月16日ですよ!

 海王ケトスへの勝算は0.001%!

 また全滅。3回目。圧倒的に戦力不足と言わざるべからず。そういえばシリーズ第二作『諸王の聖杯』のときも、第一階層ではオーバーレベルで悩み、第二階層のボスである「炎の魔人」に殺されたなあ、と思い出す。あの時は属性を強化するため新メンバー投入で切りぬけましたが、今回はどんなパーティ構成で臨めばいいのか見当がつきません。具体的にはクラス「エイハブ」(キャラクタにあらず)見たようなのがほしい。



[][][][]微子第十八を読む(その1) 16:08 はてなブックマーク - 微子第十八を読む(その1) - 蜀犬 日に吠ゆ

 以下の三篇、すなわち微子第十八、子張第十九、堯曰第二十、いずれもこれまでの篇とは異なった特殊な内容をもち、全書の附録であるごとく感ぜられる。

 うちまずこの微子篇の特殊さは、「子曰わく」で始まるものが一章もないことである。中ほどの第三章から第七章までは、孔子の伝記の何節かをしるすものであり、いずれも、孔子がその周辺との間にもった矛盾、またそれによって生まれた不遇を、主題とする。その前後には、古今の人物に関する章があり、そのあるものは、極度に断片的であるが、いずれも孔子が好意を寄せた人物のように感ぜられる。つまり孔子と矛盾しない人物についての記述である。

 なににしても、孔子の思想を、直接に記録するよりも、孔子の周辺についての記述のあつまりである点が、この篇の特殊さである。

 この篇の編者は、周囲との矛盾に耐えて生きた孔子の伝記を、いくつかの挿話によって記すとともに、その矛盾の克服のために、孔子のはげましとなったであろう過去の人物、また同時代の人物についての記録をも、あわせしるしたのであろう。

吉川幸次郎『論語』下 朝日選書

殷に三仁ありき

 微子第十八(461~471)

461 微子去之。箕子為之奴。比干諫而死。孔子曰。殷有三仁焉。

(訓)微子はこれを去り、箕子はこれが奴となり、比干は諫めて死す。孔子曰く、殷に三仁ありき。

(新)微子は殷の紂王の許から逃げ出し、箕子は地位を落して奴隷にされ、比干は諫めて殺された。孔子曰く、殷に三人の仁者があっったのはこれだ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 中国古代には奴隷制が行われていたが、論語の中に奴の字が現われるのは此処だけである。奴という字は漢代から盛んに用いられ、それ以前には臣という字を用いた。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 殷王朝が、その最後の皇帝紂の暴政のために、周王朝にほろぼされたのは、孔子より六百年前、BC一一〇〇ごろの事件であるが、殷王朝滅亡まぎわの、三人の賢人についての、孔子の批評である。

 第一は紂の兄である微子。「微」は国名であり、「子」は爵位と解されている。かれは殷の国都の朝歌、すなわちただいまの河南省淇県で、弟の紂が淫乱をほしいままにするのを諫めたが、ききいれない。それで「之れを去る」、地位を棄てて亡命した。そのときの言葉を記録したのが、「書経」の「微子」篇である。のち周の武王が紂を亡ぼすと、周に帰順し、前王朝の後裔として、宋のくにの始祖となっった。

 第二は紂の伯父筋にあたる箕子。やはり「箕」は国名、「子」は爵位とされる。「箕子」も、甥の紂を諫めたが無駄であったので、にせきちがいとなり、いやしい奴隷の格好をした。のち周の武王によって、挑戦に封ぜられる。

 第三は比干。これは諫言の結果、紂に殺された。「史記」の「殷本紀」にいう、「比干曰わく、人臣たる者は、死を以って争わざるを得ず。乃ち強く紂を諫む。紂怒りて曰わく、吾れ聞く、聖人の心には七つの竅(あな)有りと。比干を剖(さ)きて其の心を観る」。また「史記」の「宋世家」にも、同様の記載がある。

 三人の忠臣、あるいは生命を犠牲にし、あるいはしなかった。しかし孔子は、いずれも仁者であると評価した。古注の何晏に、「仁者は人を愛す。三人の行いは異なるに、而も同じく仁と称するは、其の倶に乱を憂い、民を寧(やす)んずるを在(むね)とするを以ってなり」。

吉川幸次郎『論語』下 朝日選書