蜀犬 日に吠ゆ

2010-06-04

[][][][]子張第十九を読む(その3) 19:25 はてなブックマーク - 子張第十九を読む(その3) - 蜀犬 日に吠ゆ

遠きを致すには泥まんことを恐る

 子張第十九(472~496)

475 子夏曰。雖小道。必有可観者焉。致遠恐泥。是以君子不為也。

(訓)子夏曰く、小道と雖も必ず観るべきものあらん。遠きを致すには泥(なず)まんことを恐る。是を以て君子は為さざるなり。

(新)子夏曰く、取るに足らぬ芸事の中にも、何か長所はあるはずだ。だが遠方へ旅行するには泥道にはまりこむのが禁物だ。だから諸君には決して勧められない。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 宮崎先生の直訳だと分かりにくいので、加地先生の解釈も載せておきます。

 子夏の言葉。技芸や専門的知識であっても、必ずそこに見るべきものがある。しかし、遠大なことを達成するには、おそらくそれに頼っては進まないであろう。そういうわけで、教養人は技芸や専門的知識を求めて学ぶのではない。

注(1)「小道」には、異端(『集解』)や農業(『集注』)など諸説あるが、才芸(『正義』)とする。

加地伸行『論語』講談社学術文庫

 ところで子夏はこういっているけれども、後世の儒者の態度は、「小道」が「致遠恐泥」であることに気をくばりつつも、「必ず観る可き者有る」点を尊重して、「小道」をも教養の一部分として、切り捨てないことが、しばしばであった。

吉川幸次郎『論語』下 朝日選書

 しかしこれはおかしいですね。夫子がすでに異端を攻むるは害なるのみと仰っているのですから、遠大な理想の障害になろうものはあらかじめこれを遠ざけるのが正しいかと。