蜀犬 日に吠ゆ

2010-06-06

[][][][]子張第十九を読む(その5) 18:46 はてなブックマーク - 子張第十九を読む(その5) - 蜀犬 日に吠ゆ

君子は学んで以て其の道を致す

 子張第十九(472~496)

478 子夏曰。百工居肆以為其事。君子学以致其道。

(訓)子夏曰。百工は肆に居りて其の事を為し、君子は学んで以て其の道を致す。

(新)子夏曰く、商工業者はそれぞれの店を仕事場として職業が成立つ。諸君も同じように学問を仕事として励んで、その理想を達成するのだ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 百工とは

「周礼」の「考工記」に、国には六つの職がある、王公、士大夫、百工、商旅、農夫、婦功、といい、「坐して道を論ずる、之を王公と謂い、作して之れを行う、之を士大夫と謂い、曲(つぶさ)なるを審(あき)らかにし勢を面(かたち)どり、以て五つの材を飭(おさ)め、以って民の器を弁(ととの)う、之れを百工と謂う」とあるのが、それである。

吉川幸次郎『論語』下 朝日選書

 ここでは、百工云々は、単に対句の形にするため登場したのだと思うのですけれども。

 従来の学者からは指摘されていないが、尾崎雄二郎君の切にいう、この章、「学」と「道」とは、古代音では韻をふんでおり、「肆」と「事」もあるいは押韻であるかも知れぬと。しからば諺的な表現である。

吉川幸次郎『論語』下 朝日選書

 ねえ。


小人の過ちや、必ず文る

 子張第十九(472~496)

479 子夏曰。小人之過也必文。

(訓)子夏曰く、小人の過ちや、必ず文(かざ)る。

(新)子夏曰く、諸君は万一、過失を犯したなら、決して言い訳してはならぬ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 いいわけ、というか過失を取り繕ってごまかす、ということでしょうね、「文」は。「粉飾」とかそういう意味でしょう。