蜀犬 日に吠ゆ

2010-07-02

[][][]古今和歌集を読む 春歌上(その10 23:38 はてなブックマーク - 古今和歌集を読む 春歌上(その10 - 蜀犬 日に吠ゆ

春歌上

    在原棟梁(業平朝臣男)

15 春たてども花もにほはぬ山ざとは ものうかるねに鶯ぞなく

佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫

15 二花も咲かない。山里は暖かくなるのが遅い。 四鳴くのがおっくうだという鳴き声で

佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫

佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫

 いちいち文句をいうのが好きですねえ。ほんとに。

 そして鶯が好きなんですね、本当に。あのとりは鮮やかな緑が梅の花によく似合うからでしょうけれども、花がなければ声もくぐもって聞こえる、ということですか。

春歌上

 題しらず   読人しらず


16 野辺ちかく家居しせれば 鶯のなくなるこゑは朝な朝なきく

佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫

16 二住んでいるから。「し」は助詞。 四鳴く声は声だけで姿は見ていない気持ちが「なる」で出る。

佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫

 伝聞「なり」ですか。「なくなる声」じゃ、断末魔を思い浮かべてしまいました。

 あと、「朝な朝なきく」八音はもっさりした表現のように思えますが「朝ごとにきく」では駄目ですかね。まあこの時代にそういう表現があったか知らないで提案しているわけですけれども。

春歌上


17 春日野はけふはな焼きそ わかくさのつまもこもれり 我もこもれり

佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫

17 一奈良市、春日山の麓。 二今日は焼いてくれるな。 三「つま」の枕詞。「つま」はつれあいをいう。

佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫

 「な…そ」は禁止だから「焼いてんじゃねぇぞコラ」的な感じかと思ったら、ずいぶん弱気ですねえ。これは俳句の季語で言うところの「野を焼く」あたりのことを指すと思うのですが、なんでつまと我とがこもっていると野を焼いてはいけないのでしょうね。二人して、くさむらで、いったいなにをしているんでしょうか。

 まあくさむらにこもるというのもおかしいので、野の庵あたりにいて、こっちに火の粉や煙が来るから今日は勘弁してよ、という感じでしょうか。家に帰れよ。

春歌上


18 み山には松の雪だに消えなくに 宮こはのべの若菜つみけり

佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫

18 普通は次の歌と逆におかれる。 二松の木の雪さえ消えないのに。 四都は。ここでは「都の人は」の意。

佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫

 「み山」ってどこでしょうね。特定できないのかな? 最初「御山」かなあ、と思ってどこか宗教的な山かと思いましたが、普通に「深山」だとすれば吉野とかもっと奥の高野山とかそういうところでしょうか。

 しかし、「雪が残っているのに」若菜摘むというのは、むしろ百人一首ジェネレーションからすれば当然というか、むしろ雪が降ってる最中に若菜を摘みにでかけて「君」への思いをアッピールするのが歌詠みの心意気でしょう、くらいの感覚ですのであれは特殊な事例だから歌になったのだなあ、と感慨深い。

 ちなみに「光孝天皇の若菜摘み」はすぐ後に登場します。

春歌上


19 春日野のとぶひの野守りいでてみよ 今いくかありて若菜つみてん

佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫

19 普通は前の歌と逆におかれる。 二とぶひ野の野守りよ、と呼びかけた。烽火(とぶひ)の設けがあった、とぶひ野といわれたという。

佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫

 これも場所が特定できそうですが、分からないのでしょうか。

 歌の解釈がありませんが、これはまあ「野守よ、さっさと出迎えせんか! マロらがいまから若菜つみをするでおじゃ!」とかなんとかそういういみかと。「今いくかありて」の「か」が分かりませんが、古語辞典引く気もない……あかんあかん。それだと読んでる意味がない。と思って書棚に向かってみましたが、古語辞典が見あたらない…。保留。