蜀犬 日に吠ゆ

2010-07-11

[][]久繁哲之介『地域再生の罠』ちくま新書 19:59 はてなブックマーク - 久繁哲之介『地域再生の罠』ちくま新書 - 蜀犬 日に吠ゆ

 第一章の扉が「餃子像」の写真。「宇都宮109」撤退の分析があるとなれば、読みたくなるのは人情でしょう。

地域再生の罠 なぜ市民と地方は豊かになれないのか? (ちくま新書)

地域再生の罠 なぜ市民と地方は豊かになれないのか? (ちくま新書)

 何もかも皆懐かしい(沖田艦長)。

宇都宮市で大型商業施設の撤退が止まらない

 宇都宮市は若者を惹きつける地域固有の文化を有する一方、「どこの街でも欲しがる大型商業施設」の撤退が相次いでいる。特に百貨店の撤退が顕著である。地場資本で百年以上の歴史を有する上野百貨店は2000年に破綻した。同じく地場資本の福田屋百貨店は郊外へ移転する。西武百貨店は2002年に撤退、ロビンソン百貨店も2003年に撤退した。わずか4年で、宇都宮の街中にあった4つもの百貨店が閉店している。

 専門店ではロフトとアムスが早々に撤退している。アムス跡地に誘致した「宇都宮109」は2001年10月に開業したが、4年ももたずに2005年7月に撤退した。また、フードテーマパーク「宇都宮餃子共和国」は2005年7月30日開業したが、なんと11ヵ月後の2006年6月30日に撤退する。1年未満という撤退の速さも驚愕だが、専門家の多くが成功事例と賞賛する地域資源「餃子」をもってしても失敗したことに、関係者の落胆は大きい。

久繁哲之介『地域再生の罠』ちくま新書

 餃子に関しても、資源の蓄積を食いつぶしている感がありありですからねえ。

 そんな宇都宮の、明日はどっちだ(あしたのジョー主題歌)。

109が撤退してなおも大型商業施設を造りたい

 2005年の宇都宮109撤退以降も、宇都宮市の大型商業施設は撤退や業績不振が続いている。そのうえ、「宇都宮表参道スクエア」など新たな建設も進めている。

 この背景には、土建工学者など専門家が、大型商業施設などの箱物を建設・誘致しては成功事例集に「地域再生の起爆剤として、○○ビルが建設された」などと称賛する悪習がある。土建工学者など専門家の成功基準は、箱物の建設、つまり土建行為そのものにある。箱物を造れば成功とみなす彼らは、建設後の箱物が有効活用されているかどうかを検証しない。

久繁哲之介『地域再生の罠』ちくま新書

 つまり、どうでもいいと放り出されてしまったわけですよね。

神を見下す高層ビルは空きだらけ

 失敗理由を考えない「結果だけを急ぐ焦りから導かれた施策」の結果はどうだったのか。宇都宮にぎわい特区認定以降も、宇都宮街中における大型商業施設の撤退と不振は止まらない。特区を使い、急いで建設した大型商業施設はどれも不振を極める。なかでも2007年7月開業の「うつのみや表参道スクエア」の惨状は、地元の市民やマスコミから酷評されている。

久繁哲之介『地域再生の罠』ちくま新書

 これに対して久繁先生は、

神を見下す高層ビルは空きだらけ

「にぎわう再開発ビルにするには、市民ニーズを知るのが最重要課題。(中略)大都市や郊外と差異化を図ることも重要だ」

久繁哲之介『地域再生の罠』ちくま新書

 と言っていますが、市民ニーズを知ったり差異化を図ったりする、その主体は誰なのか。そこまで踏みこんでほしかったです。

 宇都宮市民活動サポートセンターの記事にこうあります。

 http://www.usaposen.net/iitai.html

2007年7月にオープンした「うつのみや表参道スクエア」(8階建て)は、法定再開発事業(根拠法は都市再開発法)である。

 事業主体は再開発事業組合。法律に基づき公益性が高い事業として認定されていることから、補助金(建設費66億円のうち24億円を国、県、市が負担)が支出されている。加えて、宇都宮市は20億円で5、6階の2フロアを購入し、「バンバ出張所」「国際交流プラザ」「うつのみや妖精ミュージアム」等を設置した。総計41億円もの税金が投下された事業であるが、残念ながら入居していたテナント(フィットネスジムなど)が撤退するなど、その先行きが懸念されている。1階のコンビニはそれなりに客は入っているようだが、閑散とした“廃墟”観が漂うビルになってしまっている。ネットワーク型コンパクトシティの創造、中心市街地の活性化や賑わい創出という観点から本事業は必要だったのであろうが、現時点では当初の目的に沿った成果をあげているとは言い難い。

http://www.usaposen.net/iitai.html

 建設に国、県、市の税金、2フロア分のテナントを宇都宮市が維持、こんな官民癒着の運営形態では、そもそも黒字を出そうとか、もしくは地域活性化のために新しいアイディアをだそうという機運も起こらないのが普通でしょう。ついでに同じページを読むと旧新うえの側に建てられる「シティタワー」の建設にも結構な税金が投入されているようで。もはや優遇措置などの施策では企業を誘致できず、現金をばらまいている実情がうかがえます。


 しかし、この久繁先生にばれてしまって恥ずかしいのは、市民の多くが感じている「神を見下す」視点ですね。

ないものをねだり、地域にある資源には無関心

 うつのみや表参道スクエアは、二荒山神社の面前に地元市民の反対に聞く耳をもたずに強引に建設した。二荒山神社は日光二荒山神社と区別するため「宇都宮二荒山神社」との別称がある。宇都宮という地名は、これに由来する。

 二荒山神社は、まさに「宇都宮の顔、心」と言うべき存在である。事実、宇都宮市も策定する多くの計画書の中で「二荒山神社は、まちの顔」と記載している。だが口先ではそう言いながら、神聖な二荒山神社の面前(鳥居右側)に、しかも神社を見下ろす高さで「うつのみや表参道スクエア」を建てた。宇都宮市はさらに、鳥居左側に24階建高層ビルの建設を予定している。「宇都宮の顔、心」と言うべき二荒山神社は、高層ビルで挟み撃ちにされようとしている。

久繁哲之介『地域再生の罠』ちくま新書

 もうされちゃった。

ないものをねだり、地域にある資源には無関心

 宇都宮市が「二荒山神社は、まちの顔」と公言するのは完全に建前で、市民と神様をも見下している姿勢を、宇都宮表参道スクエアは象徴しているように見える。

 もし、神の面前たる地域に箱物をつくるのであれば、施設の外観、とくに高さの配慮は不可欠である。また、施設の内容やテナントは神社の歴史や所縁との調和も配慮しなければならない。そういう配慮が少しでも感じとれる計画・建設であれば、宇都宮表参道スクエアに対する地元住民の反対の声や感情も少しは和らいで、今よりは利用されていただろう。

久繁哲之介『地域再生の罠』ちくま新書

 中心市街地の調和を言うのであれば、うつのみや表参道スクエアの東隣にある、昔の「ゴー×タクビル」の考察も欠かせないところではありますが、久繁先生は敢えて一言も触れていませんね。私も一言触れただけでSAN値がぐんぐん下がってきたので触れるのはよします。

 宇都宮二荒山神社は、たしかに古く(西武百貨店が出店した1970年代)から「たたりなす神」として有名で、パルコ建設の時も敷地の一部を下社として明け渡させた?(詳細知らず)くらいですが、市役所が援助して建設する建物が神を見下したばあい、その怒りがどこまで波及するのか考えるだに恐ろしいものがあります。

ないものをねだり、地域にある資源には無関心

 根本問題を考慮しないで、失敗が続いてもひたすら大型商業施設の建設・誘致を繰り返す思考は理解に苦しむ。

久繁哲之介『地域再生の罠』ちくま新書

 だから、税金を投入させるという、楽な方に、短期的な利益を求めた結果が今のような状態なのではないかと思います。儲かるなら税金じゃなくてもいいけど、一般のお客さんにサービスを提供するのには不断の努力が必要で、たいへんですからね。

 久繁先生と私の意見の違う部分は、先生が言うような土建関連は箱物を造ればいいと思いこんでいて……という批判には、私は「土建業者はそれで利益を出すのだから正当な活動内容だ」と考えています。それでいいとは思っていませんが、批判すべきは、そうした効果のない再開発事業を繰り返す行政の側であり、都市計画の段階できちんと市民の声を聞くような仕組みを構築することが必要なのではないか、と思います。

 そこでまた、話はもどるのですがそういう仕組みを構築する「主体」はいったい誰なのか。「市民と地域が豊かになる」といいますが、そうして手を取りあって協力し合える「市民」というのは実際のところ存在するのでしょうか。市街地であれば市街地の「共同体」を取り戻すことは難しそうです。

 結論部分は極東ブログさんの受け売り。

[書評]地域再生の罠 なぜ市民と地方は豊かになれないのか?(久繁哲之介)

読後、私が思ったのは、この「使える」提言を「使う」ためには、地域コミュニティーが生き返ることが前提になるだろうということだ。それは鶏と卵のような循環になっている。提言が目指すものこそ、地域コミュニティーの再生だからだ。もう一点思ったのは、本書が言及していないわけではないのだが、この難問には地域における若者と高齢者の再結合が問われていることだ。地域の若者の現実的なニーズと高齢者のニーズをどう調和させるか。そしてその二者の背景にある巨大な失業の構造はどうするのか。問題の根は深い。

『極東ブログ』