2010-07-23
[書留][国文]大暑に~~『中原中也詩集』岩波文庫
夏
僕は卓子(テーブル)の上に、
ペンとインキと原稿紙のほかなんにも載せないで、
毎日々々、いつまでもジッとしてゐた。
いや、そのほかにマッチと煙草と、
吸取紙くらゐは載つかつてゐた。
いや、時とするとビールを持つて来て、
飲んでゐることもあった。
戸外(そと)では蝉がミンミン鳴いた
風は岩にあたつて、ひんやりしたのがよく吹込んだ。
思ひなく、日なく月なく時は過ぎ、
とある朝、僕は死んでゐた。
卓子に載つかつてゐたわづかの品は、
やがて女中によつて瞬く間に片附けられた。
――さつぱりとした。さつぱりとした。
『中原中也詩集』岩波文庫
いやもうほんと、さつぱりしたいものです。

- 作者: 中原中也,大岡昇平
- 出版社/メーカー: 岩波書店
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■ [筆記][SF]ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』創元SF文庫(その3) 
うぅむ。
1
飛行機(シップ)は一瞬空間に停止して、はじめて解放された自由の空気を味わうかのようであった。先端は北を探知して滑(すべ)らかに向きを変えた。
ホーガン/池 央耿訳『星を継ぐもの』創元SF文庫
辞書引いてしまいましたよ。「すべらか」ってどういう意味でしょう。手許の辞書に見つからなかったので検索すると、no titleに「すべすべしてなめらかなさま。」とありました。これだと、物体そのものの質感*1が意味に貼りついてしまいます。「向きを変える」という動詞を修飾するのであれば普通に「なめらか」でよかったようなきがします。こっちには重量感が意味として貼りつくので定公なく読めます。
はじめ「あぶりの時にトーヴしならか」みたいな苦しい訳語なのかと思いましたが、そうではなかったのですね。しかし、「すべすべ+なめらか=すべらか」などという気色悪い言葉があるとは。物体としてすべすべなものはなめらかであるのですからこんな言葉必要ないのではないかと思ってしまったことでした。引用の「心臓型に尖ったすべらかな青葉」(日本北アルプス縦断記(烏水))も、おそらく心臓は尖っていないので「ハート型」と読ませるのでしょうけれども、キザな形容ですね。
などというのはさておき本文。
- 1
- ヴィクター・ハントがスカイライナーに乗る。
- ハント博士は物体を三次元カラー・ホログラムとして走査(スキャニング)できるトライマグニスコープの発明者。
- ハントは所属するメタダインの親会社IDCCのあるポートランドへ向かう。
- 同乗者はロブ・グレイ
- グレイはトライマグニスコープの開発技術者。
- なぜ呼び出されたのかは不明。
- メタダイン取締役のフォーサイス-スコットも、IDCC社長のフェリックス・ボーランも、要領を得ない。
- ヴィクター・ハントがスカイライナーに乗る。

- 作者: ジェイムズ・P・ホーガン,池央耿
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 1980/05/23
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■ [書留][国文][夏歌]古今和歌集を読む 夏歌(その4) 
夏歌
141 けさ来鳴きいまだ旅なる郭公 花たちばなにやどは借らなん
佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫
141 二まだ住所が定まっていない意でいう。 四五宿所は、わが家の花たちばなに借りて定着してほしいなあ
佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫
ホトトギスも飛んできて、いよいよ夏本番という感じになってきました。よっぽど好きなのですね。そして、うちの花たちばなにホトトギスがついてくれるといいのに、とねがいます。梅に鶯のように、ホトトギスは橘につきものなのでしょうか。
これも、「なんでうちの橘にぜんぜんホトトギスがよりつかんのだ。おかしい」という言いがかりにも見えます。
夏歌
音羽山をこえける時に郭公のなくをきゝて
よめる きのとものり
142 音羽山けさこえくれば 郭公こずゑはるかに今ぞ鳴くなる
佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫
142 音羽山―京都から近江に出る道に当る。 二今朝越えて来たところが。
佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫
音羽山をこえて京都と近江と、どちらからどちらへ向かっていたのか。それによって心情が変わってきてしまうと思います。いま、場合わけして解釈します。
- 京から近江へ
- みやこを離れて近江へ向かう音羽の山でホトトギスを聞いたよ。
- みやこへはまだ来ていなかったホトトギスの声が聞こえるとは、なんとも遠くまで来てしまったことよ。
- 近江から京へ
- どちらでも成り立つ解釈
- 旅を続けて音羽の山で、ホトトギスが鳴いているよ。
- ああ、長い旅路で忘れていたが、もうすっかり夏なのであるわなあ。ホトトギスの声でいま気付いた。
と、並べてみると、「今ぞ鳴くなる」は三番目の解釈がありそう。
*1:質感、重量感、遠近感