蜀犬 日に吠ゆ

2010-07-29

[][][]古今和歌集を読む 夏歌(その9) 22:25 はてなブックマーク - 古今和歌集を読む 夏歌(その9) - 蜀犬 日に吠ゆ

夏歌


149 こゑはして涙は見えぬ郭公 わが衣手のひつを借らなん

佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫

149 一なく声はするくせに。 四五私の袖が涙でぬれているのを、お前の涙として借りてほしいなあ。もっと鳴いてほしい気持。

佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫

 「鳴く」と「泣く」が違うことなど、化外の民族でも常識ですけれども、本を糺せば相通じ合うのが和臭ということでしょうか。

 杜甫「春望」に

春望

感時花濺涙  時に感じて花にも涙を濺(そそ)ぎ

恨別鳥驚心  別れを恨んで鳥にも心を驚かす。

松枝茂夫編『中国名詩選』中 岩波文庫

 とありますから、鳥の声によってある方向性( Negative )を持った感情を喚起されるのは日本 origin ではないでしょうけれども、鳥が涙を流して鳴く、というのはダジャレのような気がしますね。作者も、そのおかしさを踏まえて「ないてるくせに涙が出てないじゃないか。こっちには余るほど涙があるんだよ、取りにおいでよ」 と詠んだのでしょうね。

中国名詩選〈中〉 (岩波文庫)

中国名詩選〈中〉 (岩波文庫)


夏歌


150 あしひきの山郭公 をりはへて 誰(たれ)かまさるとねをのみぞ鳴く

佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫

150 一枕詞。 三時を長く続けて。 四五だれがまさるかと、この私とはりあうかのように、ないてばかりいる。

佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫

 じゃあ夏中ないてればいいんですけどもね。「鳥などという畜生に、私の悲しみは分かるまい」という、自意識過剰が鼻につきます。


夏歌


151 いまさらに山へかへるな 郭公 こゑのかぎりは我がやどに鳴け

佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫

151 一二せっかく山から出て来て里になれたのだから、という気持。

佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫

 山からホトトギスがやってきて夏のはじまりを教えてくれる、そしてやがては別れの時が来るわけですが、名残惜しいんですね。失恋してる人は「ああこれでせいせいした」とか思っているのでしょうが、そうでもない人たちは「さりゆく夏を惜しむ」とかそういう気持ちなのでしょうね。

 星新一のエッセイにもそういう文章があったのに、確認できないので新潮社はエッセイの文庫を重版出来(しゅったい)してください。