蜀犬 日に吠ゆ

2010-08-04

[][][]ドイツ新時代 22:38 はてなブックマーク - ドイツ新時代 - 蜀犬 日に吠ゆ

 フリードリヒ=ウィルヘルム4世が発狂し王弟ウィルヘルム(後のウィルヘルム1世)が摂政になった1858年からドイツ「新時代」はじまる、というのはいままで知らなかったのであとで物置で本を探るべきでしょうか。

 私の世界史は高校レベルですので、「ウィルヘルム1世」といえばビスマルクを首相とし、普仏戦争勝利ののちにヴェルサイユ宮殿でドイツ皇帝に即位、などなどいろんなエピソードが浮かんできます。

 しかし、フリードリヒ=ウィルヘルム4世は、フランクフルト国民議会で小ドイツ主義勢力が皇帝に推戴したのを断った、くらいしか知らないんです。センターレベルだと名前も出ない人物でしょう。

一八四八年革命とヨーロッパ

メッテルニヒ体制の崩壊

 こうして国民議会はプロイセン中心の小ドイツ主義路線を採らざるをえなかった。四九年三月二十七日には、連邦制、二院制議会(下院は普通選挙)、議員内閣制、外交・軍事権の帝国中央政府への帰属という飲酒的骨格に、元首の世襲皇帝制という妥協案を継ぎ足したドイツ帝国憲法を採択する。しかし、国民議会が皇帝に推戴することを決定したプロイセン国王フリードリッヒ・ヴィルヘルム四世は、これを「豚の王冠」「犬の首輪」だとして受諾しなかった。そして傲岸にもこううそぶいたと側近に語っている。

私は諸君にイエスともノーとも答えられない。受け入れるとか断るとかいっても、それはさしだすことができるものがあってのことである。ところが、そこの諸君はさしだすことのできるものはなにひとつ持っていない。なにを私に差しだすべきかは私の仲間たちにはかって私自身が決める。だが、お別れの前にほんとうのことをいっておこう。民主主義者にたいしては軍人が唯一の薬だ。さようなら! (上原和夫訳)

 まもなく、この最後の一言がそのまま実行に移された。彼は四九年の四月から六月にかけて、プロイセンはもとよりザクセンやバイエルン領にまで軍を派遣し、帝国憲法の承認を求める民主派活動家たちの抵抗を容赦なく粉砕したのである。この間、フランクフルト国民議会からは、オーストリア、プロイセンを先頭につぎつぎと議員が召還された。六月十八日、シュトゥットガルトに移転して抵抗を続けていた残骸のような議会もあえなく解体される。こうしてドイツでも「けりはつけられた」。

谷川稔ほか『近代ヨーロッパの情熱と苦悩』中央公論新社

 だいぶ威勢良く、はきはきしているようにお見受けしますけれどもね。


 その後も、大活躍。

第十一章 ビスマルクの時代

経済の新たな展開

 こうして「教授たちの夢の時代」は終わり、ドイツ革命も敗北した。理想主義から決別して現実政治に直面させられ、ラディカル民主主義者たちは亡命し、勝利した反動政府は、憲問と政治警察を強化し始めていた。四〇年代の政治的に不安定な状況から、一応、安定した状態になり、長期的な投資計画が立てられるようになっていた。カリフォルニアとオーストラリアの金鉱の繁栄によって、資本の投下は膨大となり、経済面で市民層の黄金時代となった。

阿部謹也『物語 ドイツの歴史』中公新書

 どいつも急速に経済発展を見せます。

第十一章 ビスマルクの時代

経済の新たな展開

 一八三七年にアウグスト・ボルジッヒが設立したボルジッヒ工場は一八五四年には五〇〇両の機関車を製造し、四年後には一〇〇〇両を製造していた。また一八二六年に再開されたクルップ商会は、一八三四年には鉄道用車両を生産し、のちには大砲も生産、一七〇〇もの工場を擁していた。その他にもカッセルのヘンシェル、ハノーファーのエゲシュトフ、ミュンヘンのマッファイ、ケムニッツのハルトマン、エルビングウのジーヒャウなどの機械製造業が生まれていた。一〇年前には鉄道建設のための鉄鋼や機関車の燃料としての石炭をイギリスから輸入しなければならなかったが、今ではルール、ライン、ザール、シュレージエンから供給されていた。

阿部謹也『物語 ドイツの歴史』中公新書

第十一章 ビスマルクの時代

経済の新たな展開

 こうして経済の中心はしばしば交代していった。かつては、最も豊かだったプロイセンのシュレージエンは衰退し、代わりにラインとルールの工業が浮かび上がってくる。労働力は十分にあった。かつてのような家内労働や女性・児童の労働などは過去のものとなり、貧窮状態はもはや問題ではなくなっていた。

阿部謹也『物語 ドイツの歴史』中公新書

 しかし、貧富の格差は広がる、というのが世の流れ。

第十一章 ビスマルクの時代

国を捨てた人々と都市下層民

 しかし都市の生活は楽ではなかった。住宅は少なく、家賃は急騰し、衛生状態も悪かった。工場での事故も多く、危険な状態であった。一八五五年頃には一日に平均一四時間労働していたし、一八七〇年頃には一二時間に減ってはいたものの、日曜日も働かされていた。一八九一年になってようやく日曜日の労働は禁止された。こうした状況の中で働いていた労働者たちには人生の見通しをつけることができず、多くの場合体が弱って五〇代で働けなくなってしまったのである。

 これらの労働者たちの多くは、かつては手工業者であった。手工業者は誇り高く、自意識も強く、豊かな伝統をもっていたから、このっような環境にいたたまれず、外国へ移住する者も少なくなかった。

 ドイツの歴史の中で一八五〇年代ほど国境を越えて故郷を捨てたものが多かった年はない。一八五三年から、一八五五年の間に一一〇万人のドイツ人が故郷を捨てた。失敗に終わった革命のために故郷に何も期待できなくなった人々はアメリカ大陸の好況の知らせを受け、新大陸の可能性に懸けたのであった。

阿部謹也『物語 ドイツの歴史』中公新書
物語 ドイツの歴史―ドイツ的とはなにか (中公新書)

物語 ドイツの歴史―ドイツ的とはなにか (中公新書)

 つまり、食い詰め者が「新世界」に命を懸けるのが「新時代」ということでしょうか。


[][][]みなもと太郎『風雲児たち』幕末編 17 リイド社 21:11 はてなブックマーク - みなもと太郎『風雲児たち』幕末編 17 リイド社 - 蜀犬 日に吠ゆ

 安政五年十一月から六年正月まで。

 1858年というと、世界史的にはなんといっても前年からのスィパーヒー(セポイ)の乱が集結し、英連邦インド帝国が成立したことでしょうか。あとはロシアと中国のアイグン条約、くらいですか。

 世界史年表をめくっていたらプロシアでは「1858 国王(フリードリヒ=ウィルヘルム4世:母里の註)発狂。王弟ウィルヘルムの摂政、”新時代”はじまる」などと書いてありますが、「新時代ってなんでしょね」ビスマルクが国政をとるのは1862年からなので、まだ間があります。

 そんな時代の日本の話。西郷(せご)どと月照愛の逃避行。

 吉田松陰の伏見要駕計画。

 岩倉具視の宮中での影響力が増してゆく。

風雲児たち 幕末編 17 (SPコミックス)

風雲児たち 幕末編 17 (SPコミックス)


[][]ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』創元SF文庫(その10) 20:13 はてなブックマーク - ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』創元SF文庫(その10) - 蜀犬 日に吠ゆ

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「ヒヤヒヤ」テーブルの端から野次が飛んだ。

ホーガン/池 央耿訳『星を継ぐもの』創元SF文庫

 女剣劇かよ!

  • 8
    • 各研究者が一堂に会してこれまでの報告と、これからの方針を議論する。
    • ダンチェッカー博士はチャーリーが過去の地球の生命体であることを前提として研究を進めるべきと主張する。
    • ハント博士は手帳の数字をカレンダーと仮定すれば一年(推測される公転周期)が千七百日(推測される自転周期)であることから、チャーリーは別の惑星から来たという見解を示し、ダンチェッカー博士と対立する。


[][][]古今和歌集を読む 夏歌(その1419:42 はてなブックマーク - 古今和歌集を読む 夏歌(その14) - 蜀犬 日に吠ゆ

夏歌

   ほとゝぎすのなくをきゝてよめる  つらゆき


160 五月雨のそらもとゞろに 郭公 なにをうしとか夜たゞ鳴くらん

佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫

160 二空も響くほどに。 四五何をつらいといって夜どおしないているのだろうか。

佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫

 「そらもとどろ」くほど声が響くものなのですかね。なんとなく林のなかから聞こえてくるイメージが。時鳥ではなくてカッコウの字面に引きずられているのでしょうかね。天下布武の象徴とも言われる時鳥ですから、三千世界にとどろく声なのかもしれません。