蜀犬 日に吠ゆ

2010-08-26

[][][]古今和歌集を読む 秋歌上(その10) 21:25 はてなブックマーク - 古今和歌集を読む 秋歌上(その10) - 蜀犬 日に吠ゆ

秋歌上

   月をよめる   在原元方


195 秋の夜の月の光しあかければ くらぶの山もこえぬべらなり

佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫

195 三あかるいから。 四五くらぶ山(→三九)だって越えてしまえそうだ。

佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫

 出かける気なんて無いくせに。みんな京都から離れたくないくせに、歌枕の地はばんばん出すんですよね。


秋歌上

   人のもとにまかれりける夜、きりぎりすの鳴きける

   をきゝてよめる   藤原たゞふさ


196 きりぎりすいたくな鳴きそ 秋の夜のながき思ひは我ぞまされる

佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫

196 きりぎりす―今のコオロギ。→一〇二〇。 二ひどく鳴いてくれるな。題詞と見合わせると、その家の主人が何か嘆きいうことがあったものか。 三四秋の夜のような長く尽きない物思い。

佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫

(画像はいずれも『日本の生きもの図鑑』講談社 より)

 七夕、月と雁に引き続き秋の定番コオロギが登場。ホトトギス一辺倒だった夏とは、それは違うわけですよねえ。

 ただ、「今のコオロギ」とは言っても、コオロギ科の昆虫って多いのですよねえ。

日本の生きもの図鑑

日本の生きもの図鑑

 ちなみに、「キリギリス科」は、キリギリス他、ウマオイやクツワムシが所属する模様。ああおもしろい、虫の声。


秋歌上

   是貞のみこの家の歌合のうた   としゆきの朝臣


197 秋の夜のあくるも知らずなく虫は わがごと物やかなしかるらん

佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫

197 題詞→一八九。 一~三長い秋の夜を、鳴くことに没頭している様子をいう。

佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫

 まあ初秋などというのは残暑で寝苦しいですからねえ。今年(H22)はとくにそうかも。うちの隣は藪藪ですので、虫の声は、もう確かに一晩中、という感覚ですよね。寝苦しくてうなっている間は非常に気になりますが、朝はもう静かになっている。これが夏の蝉と違う感覚ですね。


秋歌上

   題しらず   よみ人しらず


198 秋萩も色づきぬれば きりぎりす わがねぬごとや夜はかなしき

佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫

198 一二萩の葉も色づいて秋が深くなったので。 四五私が悲しく寝られないように、お前も夜は悲しいのか。

佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫



[][][]孟子を読む 梁惠王章句上(その4) 20:25 はてなブックマーク - 孟子を読む 梁惠王章句上(その4) - 蜀犬 日に吠ゆ

民の父母と為りて政を行い

梁惠王章句上 凡七章

梁惠王曰、寡人願安承教、孟子對曰、殺人以梃與刃、有以異乎、曰、無以異、以刃與政、有以異乎、曰、無以異也、曰、庖有肥肉、廐有肥馬、民有飢色、野有餓莩、此率獸而食人也、獸相食、且人惡之、爲民父母行政、不免於率獸而食人、惡在其爲民父母也、仲尼曰、始作俑者、其無後乎、爲其象人而用之也、如之何其使斯民飢而死也、

小林勝人訳注『孟子』上 岩波文庫
梁惠王章句上 凡七章

 梁の恵王曰く、寡人願安(ねが、願焉)わくは教えを承けん。孟子対えて曰く、人を殺すに梃を以てすると刃(を以てする)と、以て異なる有るか。曰く、以て異なるな無し。(曰く、人を殺すに)刃を以てすると政(を以てする)と、以て異なる有るか。曰く、以て異なる無し。曰く、庖(くりや)に肥肉有り廐に肥馬有りて、民に飢色有り野に餓莩(うえじにするもの)有るは、此れ獣を率いて人を食ましむるなり。獣相食むすら且(なお)人之を悪む。(況や)民の父母と為りて政を行い、獣を率いて人を食ましむるを免れざる、悪在(いすく)んぞ其れ民の父母たらんや。仲尼の「始めて俑を作れる者は、其れ後(裔)無からんか」と曰まえるは、その人に象(かたど)りて之を用いしが為なり、如之何ぞや、其れ斯の民をして飢えて死なしめんには。


 梁の恵王がいわれた。「できることなら、ひとつ先生のお話をお聞きしたいものだが。」孟子はお答えしていわれた。「棍棒で人をなぐり殺すのと刃物で斬り殺すのとでは、なにか違いがありましょうか。」王がいわれた。「いや、殺すことに違いはない。」孟子はいわれた。「それでは、刃物で人を斬り殺すのと政治が悪くて死に追いやるのとでは、なにか違いはありましょうか。」王がいわれた。「それも(殺すことには)、違いはない。」孟子はいわれた。「では、申しますが、いま王様の調理場には丸々としたうまそうな肉があり、お廐には肥えた元気な馬が飼われていますのに、一方人民はといえば、飢えて顔色が青ざめ、郊外には餓死者(の屍)がころがっております。これでは、獣どもをひきつれて人間を食わせているようなものです。獣同士の共食いでさえ、やはり人は憎まずにはおられぬものです。ましてや、人民の父母であるべきはずの王様が、獣どもをひきつれて人間を食わせているようなことでは、どうして人民の父母だなどといえましょう。孔子は『最初に俑(ひとがた)を造りだした人は、その子孫は(必ず天罰をうけて)断絶するだろう』と申しておりますが、それは余りにも人間そっくりに造って死者といっしょに埋葬したから、(いかにも残酷なので)これほどまで憎まれたのであります。(俑でさえもそうなのに)ましてや、生きた尊いこの人民をみすみす餓死させるようなこと(悪政)では、どうして許されましょうぞ。」

小林勝人訳注『孟子』上 岩波文庫

 トマス・モア『ユートピア』もこんな内容です。古代封建制か第一次囲い込みかの違いはあっても、悪政は何処も同じなのでしょうか。


 孔子の言葉は『礼記檀弓篇』である由。

梁惠王章句上 凡七章

三 俑、礼記檀弓篇、孔子謂為芻霊者善、謂為俑者不仁、不殆於用人乎哉。鄭玄(ていげん)は、「俑は偶人なり。面目機発(からくり)ありて人に似たり。」と注しておるが、殉死者のかわりに埋めたもので、からくりもあり顔・貌が人によく似た木の人形、すなわちひとがたのこと。古は芻霊といって草を結んだ人形を死者の棺に入れたが、後にはこの俑を使うようになり、やがてこれが端緒(きっかけ)となり、本当の人間が殉死する悪習をつくったといわれる。

小林勝人訳注『孟子』上 岩波文庫

 あいかわらず中国人は酷いですねえ。


 また、前三章とは異なり、梁の恵王がいきなり質問をし、孟子も前提無しに「棍棒で殺しますか、刃物でやりますか」などと物騒な話題ですが、これは三の「何ぞ人を刺して之を殺し、我には非ず兵なりと曰うに異ならんや」に対応していると朱子がいいます。

*朱子は、この章が前章にすぐ続けたことばだとみている。前章の最後の「我には非ず兵なり……王、歳を罪することなくんば、斯ち天下の民至らん」の意味がよくのみ込めないので、孟子にさらに説明してくれとたのんだのであるから、この見解は正しい。人を殺すのに刀で切り殺すのも杖でなぐり殺すのも、殺人に変わりはない。政治の誤りで人を殺すのも、殺人に変わりはない。この孟子の推論は正しい。孟子は同類でないものに類推を濫用すると非難されているが、これは三段論法の省略で、論理に合っている。

貝塚茂樹訳『孟子』中公クラシックス

 しかしまあ、たとえ話には一定の限界がありますから、注意が必要ですよね。