蜀犬 日に吠ゆ

2010-08-28

ホガラカ~

[][][]孟子を読む 梁惠王章句上(その6) 22:05 はてなブックマーク - 孟子を読む 梁惠王章句上(その6) - 蜀犬 日に吠ゆ

仁者は敵なし

梁惠王章句上 凡七章

孟子見梁襄王、出語人曰、望是不似人君、就之而不見所畏焉、卒然問曰、天下惡乎定、吾對曰、定于一、孰能一之、對曰、不嗜殺人者能一之、孰能與之、對曰、天下莫不與也、王知夫苗乎、七八月之間、旱則苗槁矣、天油然作雲、沛然下雨、則苗浡然興之矣、其如是、孰能禦之、今夫天下之人牧、未有不嗜殺人者也、如有不嗜殺人者、則天下之民、皆引領而望之矣、誠如是也、民歸之、由水之就下沛然、誰能禦之、

小林勝人訳注『孟子』上 岩波文庫
梁惠王章句上 凡七章

 孟子梁の襄王に見ゆ。出でて人に語(つ)げて曰く、之を望むに人君に似ず、之に就いて畏るる所を見ず。卒然として問いて曰く、天下悪(いず)くにか定まらんと。吾対えて曰く、一に定まらん。孰(たれ)か能く之を一にせんと。対えて曰く、人を殺すを嗜まざる者、能く、之を一にせん。孰か能く之に与せんと。対えて曰く、天下与せざる(者)なきなり。王夫(か)の苗を知るか。七八月の間(ころ)、旱すれば則ち苗は槁(か)れんも、天油然(ゆうぜん)として雲を作(おこ)し、沛然として雨を下さば、則ち苗は浡然として興きん。其(も、若)し是の如くなれば、孰か能く之を禦(とど)めん。今夫れ天下の人牧(きみ、人君)、未だ人を殺すを嗜まざる者有らざるなり。如し人を殺すを嗜まざる者有らば、則ち天下の民、皆領(くび)を引(の、延)べて之を望まん。誠に是の如くならば、民の之に帰せんこと、由(なお、猶)水の下きに就きて沛然たるがごとくならん。誰か能く之を禦めん。


 孟子は梁の(恵王のあとをついで、位に即かれたその子の)襄王にお目にかかった。御殿を退いてから、ある人に話された。「(新しい王様は)遠くから見ても、どうも王様らしさがさっぱりなく、近づいてお会いしても、またいっこうに威厳がない。初対面の挨拶もそこそこにいきなり、『この乱れた天下は、いったいどこに落ちつくのだろう』とおたずねになる。そこで『いずれは、必ず統一され(て落ちつき)ましょう』とお答えすると、また『だれがいったい統一できるのだろう』と問われる。そこで、『人を殺すことのきらいな仁君であってこそ、はじめてよく統一できましょう』とお答えすると、『いったい、だれがそれに味方するのだろう』とまた聞かれる。そこでまた、『だれかれといわず、天下に味方にしないものは一人もありますまい。王様、あの苗をご存知でしょう。夏の七八月ごろ、日照りがつづくと苗は萎れて枯れそうになります。しかし、このとき大空が俄かにかきくもり、ザアザアと勢いよく俄か雨をふらすと、苗は忽ちムックリと起きあがり元気づくことでしょう。そういうとき、だれがいったいこの苗の生き返るのを抑えとめることができましょう。(それと同じこと。仁政を行なう君主にであえば、それこそ人民は蘇生の思いがするものです。ところが、)見渡すところ、天下に人を殺すことのきらいな仁君は今日一人もおりません。もし、こんなときにそういう仁君があらわれたら、天下の人民はみな頸をながくして慕い仰ぐことでしょう。実際こうなったら、人民はみなこの仁君に心服して、さながら水が勢いよく低いところへドンドン流れてゆくようについてくるものです。なんぴとの力をもってしたとて、とても防ぎとめられるものではありません』と私はお答えしたのである。」

小林勝人訳注『孟子』上 岩波文庫

 こののち、孟子は梁の国を去る。恵王に比べ襄王の格の低さを嘆いているようにも思いますが、恵王のころも結局飼い殺しだったのですよねえ。