蜀犬 日に吠ゆ

2010-08-29

[][][]古今和歌集を読む 秋歌上(その12) 15:08 はてなブックマーク - 古今和歌集を読む 秋歌上(その12) - 蜀犬 日に吠ゆ

秋歌上

201 秋の野に道もまどひぬ まつむしのこゑする方にやどやからまし

佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫

201 二日も暮れたし、帰る道もわからなくなった、という気持。 三四松虫の声を、誰かを待って鳴くように思っていう。→二〇二

佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫

 松虫と「待つ」の掛詞は定番、というかそれだけのために松虫を登場させているように見えなくもありません。


秋歌上


202 秋の野に人まつ虫のこゑすなり 我かとゆきていざとぶらはん

佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫

202 二だれかを待つ松虫。 三声だけで松虫と決めた意を、「なり」で表わす。 四待っている相手はこの私かしらと、行って。

佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫

 自意識過剰。


秋歌上


203 もみぢばのちりてつもれる我がやどに たれをまつむしこゝら鳴くらん

佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫

203 だれも訪ねて来ないで、と置いて解す。 四五だれを待って松虫がこうしきりに鳴いているのだろう。

佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫

 よみ手の「待つ」気持ちを代辯して鳴いてくれているのかもしれませんね。


[][][]孟子を読む 梁惠王章句上(その7) 14:57 はてなブックマーク - 孟子を読む 梁惠王章句上(その7) - 蜀犬 日に吠ゆ

是の心以て王たるに足れり

 第七章は長いので、文庫本でもいくつかに分節しています。

梁惠王章句上 凡七章

齊宣王問曰、齊桓晉文之事、可得聞乎、孟子對曰、仲尼之徒、無道桓文之事者、是以後世無傳焉、臣未之聞也、無以則王乎、曰、徳何如則可以王矣、曰、保民而王、莫之能禦也、曰、若寡人者、可以保民乎哉、曰、可、曰、何由知吾可也、曰、臣聞之胡齕、曰、王坐於堂上、有牽牛而過堂下者、王見之曰、牛何之、對曰、將以釁鍾、王曰、舎之、吾不忍其觳觫若無罪而就死地、對曰、然則廢釁鍾與、曰、何可廢也、以羊易之、不識有諸、曰、有之、曰、是心足以王矣、百姓皆以王爲愛也、臣固知王之不忍也、王曰、然、誠有百姓者、齊國雖褊小、吾何愛一牛、卽不忍其觳觫若無罪而就死地、故以羊易之也、曰、王無異於百姓之以王爲愛也、以小易大、彼惡知之、王若隱其無罪而就死地、則牛羊何擇焉、王笑曰、是誠何心哉、我非愛其財、而易之以羊也、宜乎百姓之謂我愛也、

小林勝人訳注『孟子』上 岩波文庫
梁惠王章句上 凡七章

 斉の宣王問いて曰く、斉桓・晋文の事、聞くことを得べきか。孟子対えて曰く、仲尼の徒、桓・文の事を道う者無し。是の以(ゆえ)に後世伝うる無く、臣未だ之を聞かざるなり。以(や、已)む無くんば則ち王(道を述べん)か。曰く、徳如何なれば、則ち以て王たるべき。曰く、民を保んじて王たらんには、之を能く禦(とど)むる莫きなり。曰く、寡人の如き者も、以て民を保んずべきか。曰く、可なり。曰く、何に由りて吾が可なるを知るか。曰く、臣之を胡齕(ここつ)に聞けり。曰く、王堂上に坐(いま)せるとき、牛を牽きて堂下を過ぐる者有り。王之を見て曰く、牛何くにか之(ゆ)く。対えて曰く、将に以て鍾(鐘)に釁(ちぬ)らんとす。王曰く、之を舎(お)け。吾その觳觫若(こくそくじょ)として罪無くして死地に就くに忍びざるなり。対えて曰く、然らば則ち鍾に釁ることを廃めんか。曰く、何ぞ廃むべけんや。羊を以て之に易えよと。知らず諸有りや。曰く、これ有り。曰く、是の心以て王たるに足れり。百姓は皆王を以て愛(お、惜)しめりと為すも、臣は固より王の忍びざりしを知るなり。王曰く、然りや。誠に(かかる)百姓もあるか。斉の国褊小(へんしょう)なりと雖も、吾何ぞ一牛を愛しまんや。即ちその觳觫若として罪なくして死地に就くに忍びず、故に羊を以て之に易えしなり。曰く、王、百姓の王を以て愛しむと為すを異(あや、怪)しむこと無かれ。小を以て大に易えたり。彼悪(いずく)んぞ之を知らん。王もしその罪なくして死地に就くを隠(いた)まば、則ち牛と羊と何ぞ択ばん。王笑いて曰く、是れ誠に何の心ぞや。我その財を愛しみて、之に易うるに羊を以てせるに非ざりしも、宜(うべ)なるかな、百姓の我を愛しむと謂える。


 斉の宣王がたずねられた。「斉の桓公と晋の文公の事蹟について、ひとつお話しを承ることはできぬものだろうか。」孟子はお答えしていわれた。「孔子の流れをくむ者は、誰ひとりとして、桓公や文公のことを口にするものではありません。だから、なんの言い伝えもなく、私も彼らのことはなにも知りません。(それでも)是非にとおっしゃるなら、天下の王者となる道についてお話し申しあげましょう。」王がいわれた。「どんな徳があれば、王者となれるのだろうか。」孟子はこたえられた。「別に格別の徳とてはいりません。ただ仁政を行って人民の生活を安定すれば、王者となれます。これを、なんぴととても妨害はできません。」王がいわれた。「わしのようなものでも人民の生活の安定ができようか。」孟子はこたえられた。「勿論、できますとも。」王がいわれた。「どうしてそれが分るのじゃ。」孟子はこたえられた。「私はご家来の胡齕君から、こんな話を聞きました。王様がいつぞや御殿におられたとき、牛をひいて御殿の下を通るものがあった。王様はそれをご覧になって『その牛はどこへつれていくのじゃ』とおたずねになると、その男から『こんど新しく鐘をつくったので、この牛を殺してその血を鐘に塗り、お祭りをするのです』ときかれて、『止めてくれ。道理で牛は物こそ言わぬが、罪もないのに刑場へ曳かれてゆくかのようにオドオドと恐れている。可哀想だ、助けてやれ』とおっしゃったでしょう。『それでは、鐘に血を塗るお祭りはやめにしましょうか』とその男が申しあげると、『なんで(大切な)祭がやめられようぞ。牛の代わりに羊にしたらよかろう』とおっしゃられたとか。ほんとうにそんなことがあったのですか。」王がいわれた。「そうそう、そんなことがあった。」孟子はいわれた。「そのお心こそ、天下の王者となるのに十分なのです。ところが、人民たちは大(きなもの)を小(さなもの)にとりかえられたので、王様はけちんぼうだと口さがなくもお噂しています。だが、私には王様の(情深い)お心はよく分っております。」王は苦笑いしていわれた。「さようか、なるほど、そんなことを申している人民どももおるのか。斉の国がいくらちっぽけでも、このわしが、なんで牛の一匹ぐらい物惜しみしよう。ただ、罪もないのに殺されにゆくそのオドオドしているさまを見て、いかにも不憫と思い、羊にかえさせたまでのことだ。」孟子はいわれた。「しかし王様、けちんぼうだといって非難するのも無理からぬことです。小さな羊で大きな牛ととりかえさせたのですから。(なぜそうなされたのか)、彼らには王様の心のうちがよく分らんからなのです。もし、罪もないのに殺されにゆくのが不憫だとおっしゃるなら、牛も羊もなんのちがいがありましょう。」王はまた苦笑いしていわれた。「これはなるほど。どんなつもりだったのかな。自分でもサッパリ分らぬ。物惜しみし(て羊とかえさせ)たのではないが、人民どもがそう申すのも尤もだわい。」

小林勝人訳注『孟子』上 岩波文庫

 さあ、一つの「謎」がここに現れてきました。この謎を解くことができるのは、もちろん僕らの「道徳探偵」孟子しかいません! そして、「天下に王となるのに足りる心」とは何なのか……待て次回!