蜀犬 日に吠ゆ

2010-08-30

ヒグラシ

[][][]孟子を読む 梁惠王章句上(その8) 20:09 はてなブックマーク - 孟子を読む 梁惠王章句上(その8) - 蜀犬 日に吠ゆ

是の心以て王たるに足れり

梁惠王章句上 凡七章

曰、無傷也、是乃仁術也、見牛未見羊也、君子之於禽獸也、不忍見其死、聞其聲、不忍食其肉、是以君子遠庖廚也、王説曰、詩云、他人有心、予忖度之、夫子之謂也夫、我乃行之、反而求之、不得吾心、夫子言之、於我心有戚戚焉、此心之所以合於王者何也、曰、有復於王者曰、吾力足以擧百鈞、而不足以擧一羽、明足以察秋豪之末、而不見輿薪、則王許之乎、曰、否、今恩足以及禽獸、而功不至於百姓者、獨何與、然則一羽之不擧、爲不用力焉、輿薪之不見、爲不用明焉、百姓之不見保、爲不用恩焉、故王之不王、不爲也、非不能也、

小林勝人訳注『孟子』上 岩波文庫
梁惠王章句上 凡七章

 曰く、傷(いた)むこと無かれ。是れ乃ち仁術なり。牛を見て未だ羊を見ざりしなり。君子の禽獣に於けるや、その生けるを見ては、その死するを見るに忍びず。その声を聞きては、その肉を食うに忍びず。是の以(ゆえ)に君子は庖廚を遠ざくるなり。王説(よろこ、悦)びて曰く、詩に、他人心有りて、予之を忖度(はか)ると云えるは、夫子の謂いなるかな。我乃ち之を行ない、反(かえり、省)みて之を求むれども、吾が心に得ず。夫子之を言いて我が心に於て戚戚焉(おもいあたるもの)有り。此の心の王たるに合(た、足)る所以の者は、何ぞや。曰く、王に復(もう、白)す者有りて、吾が力は以て百鈞を挙ぐるに足るも、以て一羽を挙ぐるに足らず。明は以て秋毫の末を察るに足るも、輿薪を見ずと曰わば、則ち王之を許さんか。曰く、否。今恩は以て禽獣に及ぶに足るも、功の百姓に至らざるは、独(まさ)に何ぞや。然らば則ち一羽の挙がらざるは、力を用いざるが為なり。輿薪の見えざるは、明を用いざるが為なり。百姓の保んぜられざるは、恩を用いざるが為なり。故に王の王たらざるは、為さざるなり。能わざるに非ざるなり。


 すると孟子がいわれた。「人民たちがかれこれ申しても、決してお気にかけなさいますな。これこそ尊い仁術(仁への源)と申すもの。牛はご覧になったが、羊はまだご覧にならなかったからです。鳥でも獣でも、その生きてるのを見ていては、殺されるのはとても見てはおれないし、(殺されるときの哀しげな)鳴き声を聞いては、どてもその肉を食べる気にはなれないものです。これが人間の心情です。だから、君子は調理場の近くを自分の居間とはしないのです。」王は(これを聞いて)たいへん悦んでいわれた。「詩経に『人の心をば、われよくおしはかる』とあるが、正(まさ)しく先生のことをいったようなものだ。自分でしたことだが、なぜ、ああした(羊にかえさせた)のか、考えてもサッパリ分らなかった。それが、先生のことばを聞くとひしひしと自分の心に思い当たるのです。しかし、この心があれば十分王者となれるというのは、なぜだろう。」孟子はいわれた。「では、申しあげましょう。ここに誰かが王様に、『自分は力があるから、三千斤もある重いものでも持ちあげられるのだが、一枚の羽はどうも持ちあげられない。自分は目敏いから、秋に生えかわる細い毛の先でも見分けられるのだが、車いっぱいに積んだ薪はいっこうに見えない』と申しあげたら、王様は、『なるほど、尤もだ』と信じられますか。」王がいわれた。「なんで、そんな(馬鹿げた)ことが信じられるものか。」(孟子がそこでいわれた。)「それなら、申しあげますが、いま王様のおなさけはとりやけものにまでも及んでいるほどなのに、肝心の人民にはサッパリそのご実績が及んでいないのは、これはいったいどういうわけでしょう。一枚の羽が持ちあげられないというのは、力をだそうとしないからです。車いっぱいに積んだ薪が見えないというのは、見ようとしないからです。しも人民の生活が安定しないのは、おなさけをかけようとなさらぬからです。ですから、王様が(仁政を施かれて)王者となられないのは、なろうとなさらぬからであって、できないのではありません。」

小林勝人訳注『孟子』上 岩波文庫

 「鳥でも獣でも、その生きてるのを」あたりは、文章軽めですね。

 「しも人民の生活が安定しないのは」は、「しもじもの人民」あたりの意味でしょうか。あー、文化の罪人岩波文庫なんだし贅沢いっちゃいけない(なんつっても安いし)のかもしれませんが、『論語』にくらべてしまうと、小林先生の『孟子』はちょっとアレだなあ。通読していただけの頃はあんまり気にせず読みとばしていた私が悪いんでしょうけれども。

孟子〈上〉 (岩波文庫)

孟子〈上〉 (岩波文庫)