蜀犬 日に吠ゆ

2010-08-31

[][][]孟子を読む 梁惠王章句上(その9) 20:17 はてなブックマーク - 孟子を読む 梁惠王章句上(その9) - 蜀犬 日に吠ゆ

是れ為さざるなり。能わざるに非ざるなり

梁惠王章句上 凡七章

曰、不爲者與不能者之形、何以異、曰、挾大山以超北海、語人曰我不能、是誠不能也、爲長者折枝、語人曰我不能、是不爲也、非不能也、故王之不王、非挾大山以超北海之類也、王之不王、是折枝之類也、老吾老、以及人之老、幼吾幼、以及人之幼、天下可運於掌、詩云、刑于寡妻、至于兄弟、以御于家邦、言擧斯心、加諸彼而已、故推恩足以保四海、不推恩無以保妻子、古之人所以大過人者無也焉、善推其爲而已矣、今恩以及ぶ禽獸、而功不至於百姓者、獨何與、權然後知輕重、度然後知長短、物皆然、心爲甚、王請度之、

小林勝人訳注『孟子』上 岩波文庫
梁惠王章句上 凡七章

 曰く、為さざると、能わざるとの形は、何以(いか、何如)に異なるや。曰く、大山(泰山)を挾(わきばさ)みて以て北海(渤海)を超えんこと、人に語げて吾能わずと曰う。是れ誠に能わざるなり。長者(めうえ)の為に枝(てあし、肢)を折(ま)げんこと、人に語げて我能わずと曰う。是れ為さざるなり。能わざるに非ざるなり。故に王の王たらざるは、大山を挾みて以て北海を超ゆるの類にあらざるなり、王の王たらざるは、是れ枝を折ぐるの類なり。吾が老を老として、以て人(たにん)の老に及ぼし、吾が幼を幼として、以て人の幼に及ぼさば、天下は掌に運(めぐ)らすべし。詩に云く、寡妻を刑(ただ、正)し、兄弟に至(およ、及)ぼし、以て家邦(国家)を御(おさ、治)むと。斯心を挙げて諸を彼に加うるを言うのみ。故に恩を推(おしおよ)ぼせば、以て四海を保んずるに足り、恩を推ぼさざれば、以て妻子を保んずる無し。古の人大いに(今の)人に過ぎたる所以の者は、他無し。善く其の為す所を推ぼせるのみ。今恩は以て禽獣に及ぶに足れども、功は百姓に至らざるは、独に何ぞや。権(はかりにてはか)りて後に軽重を知り、度(ものさしてはか)りて後に長短を知る。物皆然り。心を甚だしと為す。王請う之を度れ。


 おうがたずねられた。「しないのと、できないのとでは、具体的にはどうちがうのだろう。」孟子はこたえられた。「たとえて申せば、泰山を小脇にかかえて渤海をとびこえることは、自分にはとてもできないと人にいうのは、これこそ本当にできないのです。目上の人に腰をまげてお辞儀をすることは、(礼儀でもあり、たやすいことでもあるのに)自分にはとてもできないと人にいうのは、これはできないのではなくて、しないのです。ですから、王様が(仁政を施かれて)王者となられないのは、泰山を小脇にかかえて渤海をとびこえようとするたぐいではなくて、目上の人に腰をまげてお辞儀をする方のたぐいなのです。(これはできないのではなくて、しようと思えばすぐにもできることなのです。)(それにはまず)自分の父母を尊敬するのと同じ心で他人の父母も尊敬し、自分の師弟を可愛がるのと同じ心で他人の師弟も可愛がる。さすれば、広い天下もちょうど手のひらに物でものせてころがすように、思うがままに治めていけるものです。詩経に(文王の徳をほめたたえて)『まず夫人をみちびき正しくし、ひいては兄弟を、(さらには民草を)、そして国家をば安らかに』とありますが、つまり、これは身近なものに対するその心を、そのまま他人にも移せといったまでのことです。だから、このなさけ心をおし広めなければ、身近な自分の妻子でさえも治めてはゆけません。もしも(反対に)この心をおし広めなければ、身近な自分の妻子でさえも治めてはゆけません。むかしの聖人が今の人にすぐれて偉大だったのは、他でもありません。ただ、よくこの心をおし広めたからなのです。今、王様のなさけ心がとり・けものにまでも及んでいながら、そのご実績がサッパリ肝心の人民には及んでいないのは、これはいったい、どういうわけでしょう。秤りにかけてみなければ、物の重い軽いは分りませんし、物差ではかってみなければ、物の長い短いは分りません。すべていっさいの物はみなそうなのです。その中でも、人間の心の中こそ、このはかるということが特に必要なのですが、(物をはかるのとはちがって)最もはかりにくい難しいものです。王様も、どうかよくご自分でご自分の心をはかってみてください。」

小林勝人訳注『孟子』上 岩波文庫

 「道徳探偵」孟子の分析。人は身近に経験したことに関して感想を述べたり、決断を迫られたことに対して決断をしたりすることは出来ます。しかし、為政者がそれではいけない、ということです。

 目の前の牛を救うことは権力者にとっては簡単で、見たことのない羊や、国内の困窮民を救うことは、思い浮かべることすら困難なこと。知らない人には冷酷になれるというのは、庶民には許されても国を預かる責任者としては不適格と言わざるをえません。