蜀犬 日に吠ゆ

2010-09-01

[][][]孟子を読む 梁惠王章句上(その10) 20:44 はてなブックマーク - 孟子を読む 梁惠王章句上(その10) - 蜀犬 日に吠ゆ

木に縁りて魚を求む

梁惠王章句上 凡七章

抑王與甲兵、危士臣、搆怨於諸侯、然後快於心與、王曰、否、吾何快於是、將以求吾所大欲也、曰、王之所大欲、可得聞與、王笑而不言、曰、爲肥甘不足於口與、輕煖不足於體與、抑爲采色不足視於目與、聲音不足聽於耳與、便嬖不足使令於前與、王之諸臣、皆足以供之、而王豈爲是哉、曰、否、吾不爲是也、曰、然則王之所大欲可知已、欲辟土地、朝秦楚、莅中國、而撫四夷也、以若所爲、求若所欲、猶緣木而求魚也、王曰、若是其甚與、曰、殆有甚焉、緣木求魚、雖不得魚、無後災、以若所爲、求若所欲、盡心力而爲之、後必有災、曰、可得聞與、曰、鄒人與楚人戰、則王以爲孰勝、曰、楚人勝、曰、然則小固不可以敵大、寡固不可以敵衆、弱固不可以敵彊、海内之地、方千里者九、齊集有其一、以一服八、何以異於鄒敵楚哉、蓋亦反其本矣、今王發政施仁、使天下仕者、皆欲立於王之朝、耕者皆欲耕於王之野、商賈皆欲藏於王之市、行旅皆欲出於王之塗、天下之欲疾其君者、皆欲赴愬於王、其若是、孰能禦之、

小林勝人訳注『孟子』上 岩波文庫
梁惠王章句上 凡七章

 抑も王は甲兵を興し、士臣を危くし、怨を諸侯に搆(むす、結)びて然して後心に快きか。王曰く、否、吾何ぞ是に快からん、将に以て吾が大いに欲する所を求めんとすればなり。曰く、王の大いに欲する所、聞くことを得べきか。王笑いて言わず。曰く、肥甘の口に足らざるが為か。軽煖の体に足らざるか。抑(あるい、或)は采色の目に視るに足らざるが為か。声音の耳に聴くに足らざるか。便嬖の前に使令せしむるに足らざるか。王の諸臣、皆以て之を供するに足れり。而ち王豈是れが為にせんや。曰く、否、吾是れが為にせざるなり。曰く、然らば則ち王の大いに欲する所を知るべきのみ。土地を辟(ひら、闢)き、秦・楚を朝せしめ、中国に莅(のぞ)みて、四夷を撫(やす、安)んぜんと欲するなり。若(かくのごと、如此)き為す所を以て、若き欲する所を求むるは、猶木に縁りて魚を求むるがごとし。王曰く、是の如く其れ甚しきか。曰く、殆んど有(また、又)焉(これ)より甚し。木に縁りて魚を求むるは、魚を得ずと雖も、後の災無し。若き為す所を以て、若き欲する所を求むるは、心力を尽して之を為して、後必ず災有り。曰く、聞くことを得べきか。曰く、鄒人と楚人と戦わば、則ち王以て孰れか勝つと為さんか。曰く、楚人こそ勝たん。曰く、然らば則ち小はは固より以て大に敵すべからず。海内の地、方千里なる者九。斉は集(ただ、惟)其の一を有(たも)つ。一を以て八を服せんとするは、何を以てか鄒の楚に敵せんとするに異ならんや。蓋亦(なん)ぞ其の本に反らざる。今、王政を発(おこ、興)して仁を施さば、天下の仕うる者をして、皆王の朝に立たんと欲せしめ、耕す者をして皆王の野に耕さんと欲せしめ、商賈(あきうど)をして皆王の市に蔵(おさ)めんと欲せしめ、行旅(たびびと)をして皆王の塗に出でんと欲せしめ、天下の其の君を疾(にく)む者をして、皆王に赴(つ)げ愬(うった)えんと欲せしめん。其(も、若)し是の如くんば、孰か能く之を禦(とど)めん。


 いったい、王様は戦争をひき起したり、家来を危険な目にあわせたり、諸侯に怨みの種子をまくようなことをなされて、それでお心は愉快でございますか。」王はこたえられた。「いや、自分だとて、どうして愉快なものか。ただ、わしには大望があるからだ。」孟子はいわれた。「王様のおっしゃる大望とやらを、ひとつお聞きしたいものですが。」王は(さすがにきまりが悪いのか)、笑っているばかりで答えない。そこで孟子がたずねられた。「では、伺いますが、お召上がりになる美肉や珍味がお口にまだたりないために(に、戦争によって得ようとなさるの)でしょうか。軽くて暖かい衣裳がお召しになるのにまだたりないためでしょうか。それとも、美しい色とりどりの装飾品が目にまだ見たりないためでしょうか。美しい歌舞・音楽がお耳にまだ聴きたりないためでしょうか。お気に入りの近臣が御用を足すのにまだたりないためでしょうか。しかし、そんなことなら、ご家来衆が十分に気をつけてお望みのままの筈。してみれば、どうしてもそんなことのためにではありますまい……。」王がいわれた。「もちろん、そんなことのためにではない。」孟子はそこでいわれた。「それなら、王様の大望とやらは(おっしゃらなくとも)、よく分っております。領地を広め、秦や楚の強国をも来朝させ、身は中国に君臨して、四方の蛮族まで懐柔なさろうとのお考えでありましょう。しかし、今までのようななされ方で、このような大望を遂げようとなさるのは、まるで木によじ登って魚をとるようなものです。」王は(意外に思い)驚いていわれた。「そんなに無理なことだろうか。」孟子はこたえられた。「いや、それよりももっと無理でしょう。木によじ登って魚をとろうとするのは、とても魚はとれないというまでのこと。別にのちのちの災難を招きはしませんが、しかし今までのようななされ方で(やたらに戦争をひきおこしたりして)大望を遂げようとなさるのは、いくら全力をだしつくしてもできないばかりではなく、のちのち必ずや(諸侯に怨まれて)大きな災難をうけましょう。」王はいわれた。「そこのところを、もっときかせてはもらいまいか。」孟子はこたえられた。「では今、鄒と楚が戦ったとしたら、王様はどちらが勝つとおぼしめされますか。」王はいわれた。「それは、もちろん楚が勝つにきまっている。」すると孟子はいわれた。「そのとおり。(分りきったことで、)小は大にかないません。寡は衆にはかないません。弱は強にはかないません。今、天下には千里四方の大国が九つあります。お国はたったその一つでしかありません。たった一つで八つ(の大国)を征服しようとなさるのは、鄒が楚を相手に戦争するのと、なんの違いがありましょう。(天下の王者になろうとおぼしめすなら、そんな大それた戦争などをなさるよりも)、なぜ、政治の根本に立ちかえって王道を行わないのですか。今、もし王様が政治を振るいおこし、仁政を施かれたなら、天下の役人はみな王様の朝廷に仕えたいとのぞみ、農夫はみな王様の田畑で耕したい、また商人はみな王様の市場に商品を蔵敷きし(て商売をし)たいと願って移ってくることでしょう。旅人はみな王様のご領内を通行したがるようになり、かねてから自分の国の君主を快く思わぬものは、みな王様のもとへきて、うったえ相談したがるようになりましょう。もしこのようになったら、誰がいったいそれをとまることができましょうぞ。」

小林勝人訳注『孟子』上 岩波文庫