蜀犬 日に吠ゆ

2010-09-07

[][]なあんですって?~~埴谷雄高『死霊』123 講談社文芸文庫 16:50 はてなブックマーク - なあんですって?~~埴谷雄高『死霊』123 講談社文芸文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

 『死霊(しれい)』を読んでいて、なんだか以前に読んだ記憶とだいぶ違うので、内容を全然理解していなかったのだなあ、と思ったのです。文庫本第一巻あたりはまあまあよかったのですが、二巻に進んだらとたんに混乱してしまいました。このへん単行本で読み、文庫版でも読み返した、はず、なのに。

 ただ、読んだはずのところでも、「夢魔」と会話したのが与志さんだとばかり思いこんでいたり(「夢魔」と会話したのは高志にいさん)、ボートには「ねんね」も乗っていた筈だと思いこんでいたり、まあムチャラクチャラです。

 さらに言えば、三巻はまったく記憶にない。文庫版三巻も、ポストイットの貼りつけ具合からいちおう過眼したはずなのですが、安寿子さんのお誕生日会、本当にやったのですねえ。

死霊(1) (講談社文芸文庫)

死霊(1) (講談社文芸文庫)

死霊(2) (講談社文芸文庫)

死霊(2) (講談社文芸文庫)

死霊(3) (講談社文芸文庫)

死霊(3) (講談社文芸文庫)


[][][]孟子を読む 梁惠王章句下(その1) 16:16 はてなブックマーク - 孟子を読む 梁惠王章句下(その1) - 蜀犬 日に吠ゆ

王百姓と楽を同じくせば、則ち王たらん

梁惠王章句下 凡十六章

莊暴見孟子曰、暴見於王、王語暴以好樂、暴未有以對也、曰、好樂何如、孟子曰、王之好樂甚、則齊國其庶幾乎、他日見於王曰、王嘗語莊子以好樂、有諸、王變乎色曰、寡人非能好先王之樂也、直好世俗之樂耳、曰、王之好樂甚、則齊其庶幾乎、今之樂猶古之樂也、曰、可得聴與、曰、獨樂樂、與人樂樂、孰樂、曰、不若與人、曰、與少樂樂、與衆樂樂、孰樂、曰、不若與衆、臣請爲王言樂、今王鼓樂於此、百姓聞王鍾鼓之聲、管籥之音、擧疾首蹙頞而相告曰、吾王之好鼓樂、夫何使我至於此極也、父子不相見、兄弟妻子離散、今王田獵於此、百姓聞王車馬之音、見羽旄之美、擧疾首蹙頞而相告曰、吾王之好田獵、夫何使我至於此極也、父子不相見、兄弟妻子離散、此無他、不與民同樂也、今王鼓樂於此、百姓聞王鍾鼓之聲、管籥之音、擧欣欣然有喜色而相告曰、吾王庶幾無疾病與、何以能鼓樂也、今王田獵於此、百姓聞王車馬之音、見羽旄之美、擧欣欣然有喜色而相告曰、吾王庶幾無疾病與、何以能田獵也、此無他、與民同樂也、今王與百姓同樂、則王矣、

小林勝人訳注『孟子』上 岩波文庫

 孟子の言葉というのは、同じことの繰り返しが多いので読んでいてくたびれるといえばくたびれますねえ。おろそかにしない、ということでは厳密な議論を目指しているのでしょうけれども、うっかり行を飛ばしても気づかないかもしれません。

梁惠王章句上 凡七章

 荘暴孟子に見えて曰く、暴(われ)王に見えしとき、王暴に語ぐるに楽を好むことを以てせるも、暴未だ以て対うる有らざりき。曰く、楽しみを好むこと何如。孟子曰く、王の楽しみを好むこと甚だしければ、則ち斉国其れ(王たるに)庶幾(ちか)からんか。他日王に見えて曰く、王嘗て荘子に語ぐるに楽を好むことを以てせりと(聞く)、諸有りしか。王色を変えて曰く、寡人能く先王の楽を好むに非ず。直世俗の楽を好むのみ。曰く、王の楽を好むこと甚だしければ、則ち斉(国)其れ(王たるに)庶幾からんか。今の楽は猶古の楽のごときなり。曰く、(その故)聞くことを得べきか。曰く、独り楽して楽しむと、人と楽して楽しむと、孰れか楽しき。曰く、人と与にするに若かず。曰く、少と楽して楽しむと、衆と楽して楽しむと、孰れか楽しき。曰く、衆と与にするに若かず、臣請う王の為に楽を言わん。今、王此に鼓楽せんとき、百姓王の鍾鼓の声、管籥の音を聞き、挙(みな、皆)首(こうべ)を疾(いた)め頞(はなすじ)を蹙(しか)め、相告げて吾が王の鼓楽を好む、夫れ何ぞ我をして此の極(くるしみ)に至らしむるや、父子相見ず、兄弟妻子離散すと曰い、今、王此に田猟せんとき、百姓王の車馬の音を聞き、羽旄の美を見て、擧首を疾め頞を蹙め、相告げて吾が王の田猟を好む、夫れ何ぞ我をして此の極に至らしむるや、父子相見ず、兄弟妻子離散すと曰わんか。此れ他なし、民と楽を同じくせざればなり。今、王此に鼓楽せんとき、百姓王の鍾鼓の声、管籥の音を聞き、挙欣欣然として喜色有りて、相告げて吾が王が庶幾(さいわ、幸)いに疾病無からんか、(然らざれば)何を以て能く鼓楽せんやと曰い、今、王此に王此に田猟せんとき、百姓王の車馬の音を聞き、羽旄の美を見て、擧欣欣然として喜色有りて、相告げて吾が王が庶幾(さいわ、幸)いに疾病無からんか、(然らざれば)何を以て能く田猟せんやと曰わんか。此れ他無し、民と楽を同じくすればなり。今、王百姓と楽を同じくせば、則ち王たらん。


 (斉の宣王の家来で)荘暴というものがもうしにあっていった。先日、私が王様にお目にかかったところ、

小林勝人訳注『孟子』上 岩波文庫