蜀犬 日に吠ゆ

2010-09-18

[]昔読んだ本を読み返すことについて 21:56 はてなブックマーク - 昔読んだ本を読み返すことについて - 蜀犬 日に吠ゆ

 つらつら

 折角本棚があるのだから、たまに昔読んだ本を読み返してみることがあります。ぼんやり通読するのと、ネタを探して拾い読みするのと、どちらがいいのか分かりません。ぼんやり読んで「ああ面白かった」とやっていた私は、同じミステリ何遍読み返してもハラハラできたのですが、『オリエント急行』はもう犯人分かってしまいました。しかし記事にしてないなあ。

 読み返した本や、小説以外の新書本やエッセイは読んでも記事にしてませんでしたからねえ。ただそれだとブログの間隔があいちゃうので、そういうのもメモ風に残しておきますか。

 正直、古今和歌集も孟子も全然読めていません。


[][]リタ・ジョンスン『スヌーピーと生きる』朝日文庫 22:03 はてなブックマーク - リタ・ジョンスン『スヌーピーと生きる』朝日文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

 わたしの『ピーナッツ』は、基本的には講談社+αなので、時系列とか時代状況との対比とかそういうのは全然分からないのですよね。まあ『ドーナツ』も同じですけど。

 シュルツという漫画家は、生きているうちからこんなに研究されていたのですねえ。「赤毛の女の子」にまでインタビューが及んでいますし、もちろん「チャーリーブラウン」の人生(それは「チャーリーブラウン」に翻弄されてしまったのですが)も抑えてあります。ほかにもいくつかの作品を発表しているとはいえ、シュルツという漫画家の業績は『ピーナッツ』であり、シュルツの人生もまた『ピーナッツ』に閉じこめられているのでしょうね。以前読んだときには気づかなかった、シュルツの漫画家としてのこだわり、絵で笑わせる、というのは、『ピーナッツ』に哲学や文学を感じてしまう私の心を大きく打ちました。「『スヌーピィ可愛い!』でも、『ピーナッツ』の魅力はそんなんじゃなくて深い人間観察だよね!」とか言っていい気になっている時期が、私にもありました。恥ずべきことです。


[][][]橋本治『恋の花詞集』ちくま文庫 22:26 はてなブックマーク - 橋本治『恋の花詞集』ちくま文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

 歌謡曲。興味ありました。で、いま読み返すとそれがしみじみ分かる。

恋の花詞集―歌謡曲が輝いていた時 (ちくま文庫)

恋の花詞集―歌謡曲が輝いていた時 (ちくま文庫)

 日本の音楽のメインストリームは歌謡曲だった時代がありました。明治の西洋音楽受容の時代から西洋音楽そのものが日本に入ってくる(ビートルズですよね、橋本先生は言わないけど)まで、日本の音楽は「歌謡曲」を牽引車にしていたのです。

 橋本治の音楽観は私とはだいぶ遠いところにあるので、私は「色恋沙汰」を歌謡曲とは認めがたいで「艶歌」に分類したいのですが、日本は上古以来芸術といえば色恋沙汰ばかりであったとする橋本治に反対したいところであります。そういうことを言い出したらきりがないのではありますが。戦後のロシア歌謡も詳しくないし、「インターナショナル」を歌えず「抜刀隊」大好きなサヨクって、私も私でデタラメなので価値観の違いぐらいはどうでもいい。


 で、橋本氏があとがきでいうに、歌謡曲のCDは通信販売が充実しとる、と。これはけっこう大切な情報ですよ。書籍にしてもCDにしても、田舎の人間にはいろいろ不満がありますからね。著作権に敬意を払いたくてもそれができない人もいるんです。


[][]岡田英弘『日本史の誕生』ちくま文庫 17:24 はてなブックマーク - 岡田英弘『日本史の誕生』ちくま文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

 岡田氏の、邪馬台国あたりから日本書紀成立あたりの論考をまとめた文庫本。1970年代頃でしょうか、なんべんも同じことを、あちこちで繰り返し発表していたのですねえ。

 また最近奈良県桜井市の「纒向(まきむく)遺跡」発掘あたりから「歴史ロマン」が吹きおこっていますが、岡田氏の努力は実らなかったのです。

 結論から言うと、

  • 「邪馬台国」は瀬戸内。『魏書』「烏丸鮮卑東夷伝」(所謂「魏志倭人伝」)の旅程は捏造。
  • 古事記は偽書。成立は平安初期。
  • 日本書紀は皇統を河内王朝(仁徳~清寧七代)・播磨王朝(顕宗~武烈三代)・越前王朝(継体~孝徳までで十一代、次が天智)で説明しますが、晋書「倭の五王」と対応する河内王朝の五人以外は実在が確認できない。
  • 天智以前の「倭」は「日本」と一致しない。
  • 白村江の戦いで敗れた「倭」が周辺地域と連合して「日本」が成立し、その正統性を表明するため「日本書紀」が編纂された。

 ということですね。妥当な見解だと思いますが、あんまり他の人に参照されていない印象もあります。

 西嶋定男「騎馬民族征服説」が、朝鮮戦争で人民軍がおしよせてくるイメージと重なることで人気を博した、など当時の時代状況から説き起こす小咄も面白い。そして騎馬民族説は新しい神話となってしまったとか。

 「邪馬台国」だの天皇家の「歴史的考察」などという話が湧いて出るのは、敗戦のショックから自尊心を取り戻したい気持ちや、言論の自由が実感されたということと結びついているのかもしれません。となれば、人びとは「事実に基づく歴史」よりも「正しい歴史」を求めてしまう。それは7世紀でも、20世紀でも同じことであったのでしょう。

日本史の誕生―千三百年前の外圧が日本を作った (ちくま文庫)

日本史の誕生―千三百年前の外圧が日本を作った (ちくま文庫)