蜀犬 日に吠ゆ

2010-09-21

[][]叛臣とは簒奪者~~橋本治『双調 平家物語』1 中公文庫(その2) 19:42 はてなブックマーク - 叛臣とは簒奪者~~橋本治『双調 平家物語』1 中公文庫(その2) - 蜀犬 日に吠ゆ

 序の巻、すなわち安禄山を超えました! 物語は、いよいよ「飛鳥の巻」へ

 蘇我氏の政権支配から大化の改新を経て藤原氏が誕生する。まだ清盛公には遠そうですねえ。

 しかし安禄山の所まで読んで想ったのですが、何で挫折するのかというとこの小説は時間の系列や登場人物の出入りがぐちゃぐちゃしているのですよ。粛宗が即位するところで、突然粛宗の死に間際での張皇后と李輔国の喧嘩のはなしが出てきたり、安禄山より楊国忠にスポットが当たるのはいいのですが、そのせいで安史の乱の時、安禄山が洛陽に入城してからしばらく出番がなくて、もう次は死体で出てくるんじゃないかとハラハラさせたり。

 それで、橋本治の書きぶりを見るに、安禄山より楊国忠、、梁の周伊(朱异)より侯景をより強く非難しています。

賊臣佞臣

 奸臣佞臣、権臣となって主に叛く。しかし、主に叛く臣が必ずしも悪臣とは限らない。主なる君が非道を行えば、これを正し、あるいはこれを倒すのも、天命なるものを奉じて天の命ずる声を聞く、異朝唐土の習いである。主を倒すもの、必ずしも悪臣はあらず。

橋本治『双調平家物語』1 中公文庫
賊臣佞臣

 梁の朱异を「周伊」と誤って伝え、これを大いなる叛臣逆臣の内に算える者も、我が朝にはいる。

 梁の朱异は、よからぬ人である。帝におもねり財を蓄え、賄賂をもっぱらにした。しかし、朱异はそれ以外に大したことをしでかしてはいない。

橋本治『双調平家物語』1 中公文庫
賊臣佞臣

 朱异のしでかした最大の悪は、帝の側にあって、「君側の奸を討つ」という口実を、賊臣侯景に与えたことである。だがしかし、口実を求めて残虐を恣にした侯景の悪と比べれば、朱异の悪などはどれほどのものでもない。にもかかわらず、「佞臣朱异」は言われて、「賊臣侯景」は言われない。朱异のみをあげつらう人は、なにゆえに侯景の悪を見過ごすのであろうか。

橋本治『双調平家物語』1 中公文庫

 この調子でいくと、

大序

 近き世に滅んだ六波羅の入道、前の太政大臣平清盛公を、その栄華のはなはだしさによってあたかも叛臣のごとく言う者もある。果たしてそれは真実か。

橋本治『双調平家物語』1 中公文庫
大序

 我が朝に求めて語りえぬものは、叛臣の伝。

橋本治『双調平家物語』1 中公文庫
大序

 楽しみを極め、己が一族を摂籙の家と定め、この定めにばかり従い、諫めの声があれば、これをすみやかに葬った。それをしたのは、どの一族か。

 摂政、関白の職を、一門の氏の長者のものとばかり心得、その官を私した一族は、どの一族か。

 我が朝に求めて語りえぬものは、叛臣の伝。皇統に添い臥して制を歪め、「官を私する」の非難を免れた一族による平安を持つ我が朝に、「叛臣」の二文字の生きようはずはない。

橋本治『双調平家物語』1 中公文庫

 剣呑剣呑。これは、清盛公が登場するのはだいぶ後になりそうですよ。

双調 平家物語〈1〉序の巻 飛鳥の巻 (中公文庫)

双調 平家物語〈1〉序の巻 飛鳥の巻 (中公文庫)



[][][]孫子を読む 計篇(その3) 20:00 はてなブックマーク - 孫子を読む 計篇(その3) - 蜀犬 日に吠ゆ

兵とは詭道なり

計篇

兵者詭道也、故能而示之不能、用而示之不用、近而示之遠、遠而示之近、利而誘之、亂而取之、實而備之、強而避之、怒而撓之、卑而驕之、佚而勞之、親而離之、攻其無備、出其不意、此兵家之勝、不可先傳也

金谷治訳注『孫子』 岩波文庫

 兵とは詭道なり。故に、能なるもこれに不能を示し、用なるもこれに不用を示し、近くともこれを遠きに示し、遠くともこれに近きを示し、利にしてこれを誘い、乱にしてこれを取り、実にしてこれに備え、強にしてこれを避け、怒にしてこれを撓(みだ)し、卑にしてこれを驕らせ、佚にしてこれを労し、親にしてこれを離す。其の無備を攻め、其の不意に出ず。此れ兵家の勢、先きには伝うべからざるなり。


 戦争とは詭道――正常なやり方に反したしわざ――である。それゆえ、強くとも敵には弱く見せかけ、勇敢でも敵にはおくびょうに見せかけ、近づいていても敵には遠く見せかけ、遠方にあっても敵には近く見せかけ、(敵が)利を求めているときはそれを誘い出し、(敵が)混乱しているときはそれを奪い取り、(敵が)充実しているときはそれに防備し、(敵が)強いときはそれを避け、(敵が)怒りたけっているときはそれを疲労させ、(敵が)親しみあっているときはそれを分裂させて、敵の無備を攻め、敵の不意をつくのである。これが軍学者のいう勢であって、(敵情に応じての処置であるから、)出陣前にはあらかじめ伝えることのできないものである。

金谷治訳注『孫子』 岩波文庫

 だとすると、出陣の時には各部隊の長にはいったいどういう説明をするのでしょうね。戦闘の目的と、撤退のタイミングくらいを合わせておいて、あとは敵に応じて行き当たりばったりということ?

孫子 (1963年) (岩波文庫)

孫子 (1963年) (岩波文庫)


 しかしこういうのは、マネジメント理論などと同じで相手もおなじ手法をとってきたらどうするのか、司馬仲達と諸葛孔明みたいに延々戦いつづけることになってしまう、という点で、技術論ではあっても哲学ではない。孟子のように、戦争などしなくても他国の民が王をしたって集まってくる、というほうが優れています……もちろん、実現できればの話ですけど! 理想論ですけど!