蜀犬 日に吠ゆ

2010-09-28

[][][]孫子を読む 謀攻篇(その2) 20:01 はてなブックマーク - 孫子を読む 謀攻篇(その2) - 蜀犬 日に吠ゆ

其の下は城を攻む

謀攻篇

故上兵伐謀、其次伐交、其次伐兵、其下攻城、攻城之法、爲不得已、修櫓轒轀、具器械、三月而後成、距闉又三月而後已、將不勝其忿、而蟻附之、殺士三分之一、而城不拔者、此攻之災也、故善用兵者、屈人之兵、而非戰也、而非攻也、毀人之國、而非久也、必以全爭於天下、所兵不頓、而利可然、此謀攻之法也、

金谷治訳注『孫子』 岩波文庫

 故に上兵は謀を伐つ。其の次は交を伐つ。其の次は兵を伐つ。其の下は城を攻む。攻城の法は已むを得ざるが為めなり。櫓・轒轀を修め、器械を具うること、三月にして後に成る。距闉(きょいん)又た三月にして後に已(お)わる。将 其の忿(いきどお)りに勝(た)えずしてこれに蟻附すれば、士卒の三分の一を殺して而も城の抜けざるは、此れ攻の災なり。故に善く兵を用うる者は、人の兵を屈するも而も戦うに非ざるなり。人の城を抜くも而も攻むるに非ざるなり。人の国を毀るも而も久しきに非ざるなり。必らず全きを以て天下に争う。故に兵頓(つか)れずして天下に争う。故に兵頓れずして利全くすべし。此れ謀攻の法なり。


 そこで、最上の戦争は敵の陰謀を(その陰謀のうちに)破ることであり、その次ぎは敵と連合国との外交関係を破ることであり、その次ぎは敵の軍を討つことであり、最もまずいのは敵の城を攻めることである。城を攻めるという方法は、(他に手段がなくて)やむを得ずに行なうのである。櫓(おおだて)や城攻めの四輪車を整え、攻め道具を準備するのは、三か月もかかってはじめてでき、土塁の土盛りはさらに三か月かかってやっと終わる。将軍が(それを待つあいだじりじりして)その怒気をおさえきれず一度に総攻撃をかけることになれば、兵士の三分の一を戦死させてしかも城が落ちないということになって、これが城を攻めることの害である。それゆえ、戦争の上手な人は、敵兵を屈服させてもそれと戦闘したのではなく、敵の城を落としてもそれを攻めたのではなく、敵の国を亡ぼしても長期戦によったのではない。必らず全すなわち無傷のままで獲得する方法で天下の勝利を争うのであって、それゆえ軍も疲弊しないで完全な利益が得られるのである。これが謀りごとで攻めることの原則である。

金谷治訳注『孫子』 岩波文庫

 しかしこれを実践できた中国でも日本でも武将・軍師はほとんどいなかったのではないでしょうか。本朝では、豊臣秀吉がこれに近いか。

孫子 (1963年) (岩波文庫)

孫子 (1963年) (岩波文庫)