蜀犬 日に吠ゆ

2010-10-04

[][][]孫子を読む 形篇(その2) 21:21 はてなブックマーク - 孫子を読む 形篇(その2) - 蜀犬 日に吠ゆ

勝兵は先ず勝ちて而る後に戦いを求め

形篇

見勝不過衆人之所知、非善之善者也、戰勝而天下曰善、非善之善者也、故擧秋毫不爲多力、見日月不爲明目、聞雷霆不爲聰耳、古之所所謂善戰者、勝於易勝者也、故善戰者之勝也、無智名、無勇功、故其戰勝不忒、不忒者、其所措必勝、勝已敗者也、故善戰者、立於不敗之地、而不失敵之敗也、是故勝兵先勝而後求戰、敗兵先戰而後求勝

金谷治訳注『孫子』 岩波文庫

 勝をみること衆人の知る所過ぎざるは、善の善なる者に非ざるなり。戦い勝ちて天下善なりと曰うは、善の善なる者に非ざるなり。故に秋毫を挙ぐるは多力と為さず。日月を見るは明目と為さず。雷霆を聞くは聡耳と為さず。古えの所謂善く戦う者は、勝ち易きに勝つ者なり。故に善く戦う者の勝つや、智名も無く、勇功も無し。故に其の戦い勝ちて忒(たが)わず。忒わざる者は、其の勝を措く所、已に敗るる者に勝てばなり。故に善く戦う者は不敗の地に立ち、而して敵の敗を失わざるなり。是の故に勝兵は先ず勝ちて而る後に戦いを求め、敗兵は先ず戦いて而る後に勝を求む。


 勝利をよみとるのに一般の人々にも分かる(ようなはっきりしたものについて知る)ていどでは、最高にすぐれたものではない。(まだ態勢のはっきりしないうちによみとらねばならぬ。)戦争してうち勝って天下の人々が立派だとほめるのでは、最高にすぐれたものではない。(無形の勝ちかたをしなければならぬ。)だから、細い毛を持ちあげるのでは力持ちとはいえず、太陽や月が見えるというのでは目が鋭いとはいえず、雷のひぎきが聞えるというのでは耳がさといとはいえない。昔の戦いに巧みといわれた人は、(ふつうの人では見わけのつかない、)勝ちやすい機会をとらえてそこでうち勝ったものである。だから戦いに巧みな人が勝ったばあいには、智謀すぐれた名誉もなければ、武勇すぐれた手がらもない。そこで、彼が戦争をしてうち勝つことはまちがいなく、まちがいがないというのは、その勝利をおさめるすべては、すでに負けている敵にうち勝つからであるう。それゆえ、戦いに巧みな人は(絶対に負けない)不敗の立場にあって敵の(態勢がくずれて)負けるようになった機会を逃さないのである。以上のようなわけで、勝利の軍は(開戦前に)まず勝利を得てそれから戦争しようとするが、敗軍はまず戦争を始めてからあとで勝利を求めるのである。

金谷治訳注『孫子』 岩波文庫