蜀犬 日に吠ゆ

2010-10-17

[][][]孫子を読む 虚實篇(その4) 19:39 はてなブックマーク - 孫子を読む 虚實篇(その4) - 蜀犬 日に吠ゆ

我れに形無ければ、則ち我れは専まりて一と為り

虚實篇

故形人而我無形則我專而敵分、我專爲一、敵分爲十、是以十攻其一也、則我衆而敵寡、能以衆撃寡者、則吾之所與戰者約矣、吾所與戰之地不可知、不可知、則敵所備者多、敵所備者多、則吾所與戰者寡矣、故備前則後寡、備之地則前寡、備左則右寡、備右則左寡、無所不備、則無所不寡、寡者備人者也、衆者使人備己者也、故知戰之地、知戰之日、則可千里而會戰、不知戰地、不知戰日、則左不能救右、右不能救左、前不能救後、後不能救前、而況遠者數十里、近者數里乎、以吾度之、越人之兵雖多、亦奚益於勝敗哉、故曰、勝可爲也、敵雖衆、可使無鬭、

金谷治訳注『孫子』 岩波文庫

 故に人を形せしめて我れに形無ければ、則ち我れは専(あつ)まりて一と為り敵は分かれて十と為らば、是れ十を以て其の一を攻むるなり。則ち我れは衆にして敵は寡なり。能く衆を以て寡を撃てば、則ち吾が与に戦う所の者は約なり。吾が与に戦う所の地は知るべからず、吾が与に戦う所の日は知るべからざれば、則ち敵の備うる所の者多ければ、則ち吾が与に戦う所の者は寡なし。故に前に備うれば則ち後寡なく、後に備うれば則ち前寡なく、左に備うれば則ち右寡なく、右に備うれば則ち左寡なく、備えざる所なければ則ち寡なからざる所なし。寡なき者は人に備うる者なればなり。衆き者は人をして己れに備えしむる者なればなり。故に戦いの地を知り戦いの日を知れば、則ち千里にして会戦すべし。戦いの地を知らず戦いの日を知らざれば、則ち左は右を救うこと能わず、右は左を救うこと能わず、前は後を救うこと能わず、後は前を救うこと能わず。而るを況んや遠き者は数十里、近き者は数理となるをや。吾れを以てこれを度るに、越人の兵は多しと雖も、亦た奚(なん)ぞ勝に益せんや。敵は衆しと雖も、闘い無からしむべし。


 そこで、敵にははっきりした態勢をとらせて(虚)、こちらでは態勢を隠して無形だ(実)というのであれば、こちらは(敵の態勢に応じて)集中するが敵は(疑心暗鬼で)分散する。こちらは集中して一団になり敵は分散して十隊になるというのであれば、その結果はこちらの十人で敵の一人を攻めることになる。つまりこちらは大勢で敵は小勢である。(そして)大勢で小勢を攻撃してゆくことができるというなら、こちらの戦いのあいては(いつも)弱小である。こちらが戦おうとする場所も敵には分からず、こちらが戦おうとする時期も敵には分からないとすると、敵はたくさんの備えをしなければならず、敵がたくさんの備えをすると、(その兵力を分散することになるから、)こちらの戦いのあいては(いつも)小勢になる。だから、前軍に備えをすると後軍は小勢になり、後軍に備えをすると前軍が小勢になり、左軍に備えをすると右軍が小勢になり、右軍に備えをすると左軍が小勢になり、どこもかしこも備えをしようとすると、どこもかしこも小勢になる。小勢になるのはあいてに備えをする立場だからである。大勢になるのはあいてをこちらのために備えさせる立場だからである。そこで、戦うべき場所が分かり、戦うべき時期が分かったなら、遠い道のりでも(はせつけて主導権を失わずに)合戦すべきである。戦うべき場所も分からず、戦うべき時期も分からないのでは、左軍は右軍を助けることができず、右軍も左軍を助けることができず、前軍は後軍を助けることができず、後軍も前軍を助けることがでkない。(同じ軍団の中でもこうだから、)ましてや遠い所では数十キロ、近い所でも数キロ先の友軍には、なおさらのことである。わたしが考えてみるのに、越の国の兵士がいかに数多くても、とても勝利の足しにはならないだろう。敵はたとい大勢でも(虚実のはたらきでそれを分散させて)戦えないようにしてしまうのだ。

金谷治訳注『孫子』 岩波文庫