蜀犬 日に吠ゆ

2010-11-06

[][][]『Fの森の歩き方』小学館 21:14 はてなブックマーク - 『Fの森の歩き方』小学館 - 蜀犬 日に吠ゆ

 一日、また一日と欲求不満になる。近所の漫画屋に行くのがイヤになる。

 F全集が欲しいのに、お金と保管スペースの関係で二の足を踏んでいるからです。読みたいのだけおろ抜いて買えば? というアーリマンの声もきこえるのですが、私の心の中のアフラ=マズダ曰く、「全部読みたいんだよ!」

 というわけで、「これはF全集ではない! これはF全集ではない!」と自己催眠をかけて別巻を買いました。しかし、愚かだよなあ。読みたい気持ちが募るばかり。

 自分の欲しいものは自分で買う! これ先進国の常…識…!


[][]最先端は、現在の評価を受けない~~高橋源一郎『大人にはわからない日本文学史』岩波書店 21:04 はてなブックマーク - 最先端は、現在の評価を受けない~~高橋源一郎『大人にはわからない日本文学史』岩波書店 - 蜀犬 日に吠ゆ

 ねかすことで「読める」文学になる。

大人にはわからない日本文学史 (ことばのために)

大人にはわからない日本文学史 (ことばのために)

 高橋先生の本を読んでいる最中、私はたいてい何かが分かったような気になるのですが、しかし読み終えてから思い返してみると、いったい何が書いてあったのかさっぱり理解していないことに気づきます。

 そうして、あるとき、何かの折りに「ああ、それはこう言うことであったのか」ということが分かるのです。まあ、『ジョン・レノン対火星人』に関して言えばいまだにそれは分からないでいるのですけれども。


 内容は、文学というのは、表現技術の開発→そこに内容を載せることの実現→洗練の極み、という順序を踏むという話。三遊亭円朝『牡丹燈籠』(明治17年)坪内逍遙『小説神髄』)明治18年が近代文学の表現法は「言文一致」であるとし、樋口一葉の作品群(明治28~29年)が言文一致で物語と登場人物の心情を素直に表現し、それがつぎつぎと洗練されて夏目漱石『坊っちゃん』(明治39年)『虞美人草』(明治40年)田山花袋『蒲団』(明治40年)で極みとなります。20年間の発展の、きっちり中央に樋口一葉が位置している、というところに高橋先生は注目します。

 心情を表現するのか、場景を描写するのか、その極点には綿矢りさ『You can keep it.』『夢を与える』があり、両者が自由自在に交錯して小説世界を形づくるのであれば、小説の技術はこのまま直線的には発展しません。

 石川啄木「時代幣束の現状」と赤木智弘「『丸山眞男』をひっぱたきたい」は呼応します。文学が、何か芸術の一種であり、人の心を動かすものであるなら、近代文学は人の心をどんなふうに動かしてきたのか、それとも文学はそんなにたいしたものではなかったのか。

 問題提起ばかりがつづきます。


 文学がどこへ行き、人間はどうなるのか、それは最先端の文学を書いている人にも、見えていないのかも知れませんし、もちろん凡百の読者になど、わからない、それは分かりました。しかし、だから、何なんだろう。ということを頭の栞にはさんでおきます。



[][]落合仁司『ギリシャ正教 無限の神』講談社選書メチエ 19:11 はてなブックマーク - 落合仁司『ギリシャ正教 無限の神』講談社選書メチエ - 蜀犬 日に吠ゆ

 初めての新約聖書はギリシア語で編纂されたことからも分かりますように、キリスト教はギリシア語の宗教でした。(本文中の用語はみなギリシャ正教ですので以下、それに合わせます。)

ギリシャ正教 無限の神 (講談社選書メチエ)

ギリシャ正教 無限の神 (講談社選書メチエ)

 もちろん、ギリシャ語を話すのはギリシャ人に限りません。

ギリシャ正教

なぜキリスト教はギリシャ世界に広まったか

これらヘレニズム諸都市においては、ラテン語を話す政治的な支配層ローマ人と現地語を話す被支配層現地人の間に、ギリシャ語を話す文化的経済的な中間層が部厚く存在していたのである。

 初代キリスト教が布教の対象として選択したは、このギリシャ語を話す文化的経済的中間層、わけてもギリシャ語を母語とするディアスポラのユダヤ人たちであった。キリスト教がユダヤ教内部の改革運動として出発したことは言うまでもないが、ユダヤ教それ自体、その絶対的超越神を奉じる宗教それ自体の魅力は、当時の地中海人にとっても充分に理解出来る処であった。しかし本来のユダヤ教は従うべき律法が余りにも煩瑣であり、後のイスラームと比肩しうるセム族の宗教特有の生活拘束臭がいささか鼻につく。律法のないあるいは律法の緩和されたユダヤ教、地中海世界の教養人したがってギリシャ語を話す人々の求めていた宗教はこれである。

落合仁司『ギリシャ正教 無限の神』講談社選書メチエ

 本当かなあ。キリスト教がローマ国教化したあとのギリシャ神話(の宗教って、名称あるのでしょうか)弾圧を見るにつけ、たとえば古代エジプトが、多神教の中の「アモン=ラー」を絶対神にしたり、また「アトン宗教改革、アマルナ時代」のように、たとえばゼウス最高神思想とか、歴史はそうならなかったのですが、そうならなかったことが説明出来なければ、そうなった理由、ここでは「ヘレニズムのギリシャ人は律法の緩和されたユダヤ教を求めていた」に説得力がないと思うのです。


 第一、ギリシャ語使用の知識人達がキリスト教を受け入れるには高いハードルがいくつもあります。

ギリシャ正教

キリスト教とギリシャ文化の化学反応

 しかしキリスト教とは、イエスというナザレ出身のユダヤ人が、実は神であり、十字架上で刑死したにもかかわらず復活したことを信ぜよと迫る、いかにも非合理な新興宗教ではなかったか。神が人になり十字架上で死に甦ったという言明が真理であると主張するキリスト教の問いかけに、真理とは何であるかに人一倍敏感なギリシャ的教養人たちはどのように応答したか。ギリシャ文化の合理性とキリスト教の非合理性はいかにして両立しうるのか。これらの問こそ、キリスト教の福音を告げ知らされた古代地中海人の問いであると共に、本書もまた改めて問おうとする問いに他ならない。

落合仁司『ギリシャ正教 無限の神』講談社選書メチエ

 その通り! 是非知りたい。

ギリシャ正教

キリスト教とギリシャ文化の化学反応

 いずれにせよアレクサンドリアやアンティオキアやテッサロニキや、エフェソスやコリントスやコンスタンティノポリスや、そしてローマに生活したギリシャ的教養人たちは、陸続としてキリスト教に改宗していった。ローマ帝国の皇帝たちはこのギリシャ後の宗教蔓延に手を焼き、信徒をコロッセウウムにおいてライオンと闘わせるなど苛烈な迫害を繰り返したにもかかわらず、当時の地中海の教養人たちは怯むことなくむしろ喜んで殉教していった。彼ら彼女らは、自らの生命を賭してでも受け容れたい何らかの真理をキリスト教の中に見出したのである。

落合仁司『ギリシャ正教 無限の神』講談社選書メチエ

 「いずれにせよ~改宗していった」って、その論理を問うてくれるはずではないの? 「何らかの真理」って、それを知りたくて本を読んでるのですよ。

 しかし現実は無情。「だってそうだもん!」という勢いでローマ帝国はキリスト教を公認し、キリスト教とギリシャ教養の理論的整理がなされるのは、もはやキリスト教にどっぷりと浸かった教父たちによってなのです。

ギリシャ正教

非合理な命題をいかに弁明するか

 ギリシャ正教の歴史において、「神は人と成った」という命題の弁明が迫られたのは、キリスト教公認とコンスタンティノポリス遷都の四世紀、神とイエス・キリストと聖霊の関係如何が問われたアレイオウ(及びエウノミオス)論争においてである。このとき神とイエス・キリストと聖霊という異なる三つの実存の同一本質、いわゆる三一論を主張して、「神は人と成った」という命題の弁明に立ち上がったのが、カッパドキア三教父、カエサリアのバシレイオス、ナジアンゾスのグレゴリオス(三二九~三九〇)、ニュッサのグレゴリオス(三三〇以降~三九四)の三教父にほかならない。

落合仁司『ギリシャ正教 無限の神』講談社選書メチエ

 つまり私が知りたいのは「キリスト教をしらないギリシャ教養人がいかに非合理を受容したのか」なのに、本書で解説されるのは「キリスト教徒は、どのようにギリシャ教養と非合理に見えるキリスト教の教義を論理的に整合させていったのか」というはなしになっていってしまいます。じゃあ結局「ギリシャ的教養人たちは、陸続としてキリスト教に改宗していった」とき、彼らは何となく真理がありそうだから……くらいの感覚で改宗したのでしょうか。「真理とは何であるかに人一倍敏感」なギリシャ教養人にしては、ノリが軽いなあ。

 まあ「三一論」はローマ=カトリックの「三位一体説」とは異なる、とかギリシャ正教のスーフィズムにあたる「ヘシュカスト」なんていう話は面白かったのですけれども。

 後半はしだいにカントールの「無限集合」で「三一論」を証明したり、ノイマン=ベルナイス=ゲーデルの公理系「NBG公理系」で「ヘシュカズム」の、人が聖霊を通じて神と一致したときの神のありようを説明したりと数式だらけになっていくのでほとんどついて行けていません。