蜀犬 日に吠ゆ

2010-11-12

[][]あずかるは日本語~~高島俊男『お言葉ですが…』11 連合出版(その2) 20:51 はてなブックマーク - あずかるは日本語~~高島俊男『お言葉ですが…』11 連合出版(その2) - 蜀犬 日に吠ゆ

 「預」という文字の話。私はずっと無知蒙昧でした。

お言葉ですが…第11巻

お言葉ですが…第11巻

 「預言者」と「予言者」の違いについて。

紅万年筆と預かり言葉

 ①まず清代の漢訳が「預言」であり日本語はそれを借用したにすぎないこと。これは本欄でもたびたび言つた。逆に言えば「預言者」という日本訳語が古代ヘブル語の「ナービー」から直接導かれたものの如くに言うのは詐言である。

 ②「豫言」と「預言」と「予言」とはどうちがうのか、あるいはちがわないのか。これが一番ごちゃごちゃしているようだ。

 ③日本語の「預ける」「預かる」にあたる外国語はないこと。それを「預言」とは古代ヘブル語で「神の言を預かる」の意であり、預かった者を預言者と言った、の如く説明するのは、訳文の用字を無理にも通用させようとのゴマカシである。

 ④預金って、何だろう。この語、いつからあるのだろう。このごはほんとに「預レ金」という動賓構造(動詞とその目的語)の語なのか。そうだとすれば「金ヲ預ク」なのか「金ヲ預カル」なのか。どっちでもけっこう、なんてズボラはないよね。金の方向が逆だもの。

 ⑤広辞苑はいつからおかしくなったのか。比較的よい辞書は?

高島俊男『お言葉ですが…』11 連合出版

 まあ⑤は冗談でしょうね。『お言葉ですが……』には「広辞苑の神話」がありますし、新村出が『廣辭苑』を出せなくて泣いた話も書いてるわけですから。


 しかし、「預言者」は「予言者」 ではない、というのは遠藤周作や山本七平も言っていて、戦後キリスト教の一種常識的にあつかわれてきたようです。私も、沢山の人にこう言うことをいってしまったなあ。申し訳ないことをしました。


 そうしたら、はてなキーワードの「預言者」には詳細な反論もあり。

 しかし、反論は弱くないでしょうか。「預」の字に、「あずかる」の意味を載せた漢語を探し出すべきであって、ヘブライ語だのギリシア語だのはこの際関係ないはず。第一、同じ Prophet に1と2とを設けて訳している時点で、共通する意味があると考えるべきでした。反省。