蜀犬 日に吠ゆ

2010-11-18

[][]山際素男『破天』光文社新書 21:57 はてなブックマーク - 山際素男『破天』光文社新書 - 蜀犬 日に吠ゆ

 長かった。新書で600ページ近くありました。

破天 (光文社新書)

破天 (光文社新書)

 インドでネオブディズムを指導する佐々井秀嶺・アーリヤナーガルジュナ(聖竜樹)の伝記。かなり飛ばし飛ばし読んだのですが、まあだいたい分かればいいか。

 インドの仏教はカースト批判という社会運動と結びつきやすく、それゆえに政治と関わらなければならなくなります。


 しかし、インドというのは恐いねえ。その闇は、あまりに深い。わたしもよく知らないで「中国とインドが対立して日本は中国との関係が微妙だから喜ぶ人もいるけど、本当に恐いのはインドだ」とか放言した記憶があるのですが、予想以上です。

第二部 インドへ

第三章 さらに民衆の懐深く

十六 秀嶺一家の大政小政

 アーナンダは(略)意を決してサンニャーシー(世捨人、出家者)の群に身を投じ、己のカースト社会、家族とも決別する。この徹底的な追求精神は以後変ることなくアーナンダの人間形成の柱となってゆく。

 サンニャーシーになったアーナンダは、インド各地を放浪し、サドゥ(出身はブラーミンから不可触民まで多種多様であるが、カースト身分を捨て放浪行者として一生を送る。その多くは人身売買、婦女子の誘拐、麻薬密売その他犯罪シンジケートと深く関わっているといわれるが、政府はサドゥに対し国有鉄道の無料パスを交付したり特別な扱いをしている)のアシュラムにしばしば出入りしてきた。

山際素男『破天』光文社新書

 ブラーミンというのはヴァルナのいわゆる「バラモン階級」のこと。「聖者」にたいする尊崇の深いインド社会ではこうした放浪の行者が一定数いる、というのは知っていましたが、それが特権化して犯罪組織のかくれみのになっているとは…… インド恐るべし。

 さらに、

第三部 永遠の求道

第一章 大菩薩寺奪還闘争

三 先ずは五千キロの大行進

 ところで、この”チャンバル・ダコイット”というのを少し説明しておこう。

 マッディヤ・プラデシュ州の南端から発し千キロの道程を、アーグラ、グワリオールの間を東に大きく迂回し、アラハバードでヤムナー河に合流するチャンバル河の周辺に広大な渓谷が広がっている。長さ四百キロ、幅数十キロ、総面積約一万三千平方キロに及ぶ地域は、深さ二十~三十メートルから二百メートルにわたる大浸蝕地帯になっていて、無数の迷路によって見知らぬ人間、動物さえも寄せつけない。この自然の要害に守られて古代からさまざまな盗賊集団が巣くっていた。

 中でも有名なのは、十九世紀初頭イギリス政府によって殲滅されるまで五百年にわたり少なくとも二千万人の旅人を縊殺してきた、カーリー女神を信奉する”タグ”である。彼らの存在はもっと古くに遡るが、ウィリアム・スリーマンというイギリス行政官によってその特異な大殺人集団の実態が暴かれるまでほとんど世に知られなかった。彼らは武器を用いずカーリーの”黄色いハンカチーフ”と称する布で旅人を絞め殺すという特技の持ち主であった。

山際素男『破天』光文社新書

 インドの奥地には、カーリー女神を信奉する暗殺者教団があった! まんが道で見たとおりだ! しかし、まんが道では被害者はナイフでぐさり、でしたが……

 しかし、そんなのは氷山の一角である当たり、インド恐るべし。

第三部 永遠の求道

第一章 大菩薩寺奪還闘争

三 先ずは五千キロの大行進

 他にもいろいろな集団がインド各地に出没し暴れ回っていたが、十九世後半から現代までチャンバル渓谷を根城に荒し回っているのが、チャンバル・ダコイットと呼ばれる群盗団である。伝記、映画になり、国会議員になった女ダコイット、プーラン・デヴィーもこの渓谷の生まれである。一九八三年初め、投稿した直後、私はグワリオール中央刑務所でプーラン・デヴィーと会い、数年後再び同じ刑務所で会っている。その頃彼女より遥かに有名な大物ダコイットの首領、マルカン・シンにも彼女と一緒に会った。

 これまで警察に射殺された名高いダコイットの中には、一人で何百人も殺した者は沢山いる。マルカン・シンも六十人の人間を殺していた。だがインド政府は、投稿したダコイットはその罪のいかんを問わず一人も死刑にせず、十年内外で釈放し、更正を信じる方に賭け、ほとんどが社会復帰している。

山際素男『破天』光文社新書

 「十九世後半」は原文ママ。しかし、インド恐るべし。


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