蜀犬 日に吠ゆ

2011-03-31

[][][]UK(グレート・ブリテンおよび北方アイルランド連合王国)のこと 16:55 はてなブックマーク - UK(グレート・ブリテンおよび北方アイルランド連合王国)のこと - 蜀犬 日に吠ゆ

 日本の、外国語から作った翻訳語というのは、独特の癖があります。普段から日本語にどっぷりとつかっていると存外気づかないものですが、日常頻繁に使われる語句であっても、だいぶおかしなことになっていますよね。「テレビ」とか「シャーペン」とかね。

 そんななか「イギリス」もまた、よく使われることばにしては不思議なことばで、よく話題になります。正式名称だけではなく、ブリテン全体をイングランドで代表させることのおかしさなどがやり玉に挙がることもあります。さらに漢字表記に関しても。

第三章 ヨーロッパ世界システムの拡大とイギリス

イギリスが「帝国」であったことの意味

 少し脱線になりますが、以前、大英帝国という表現は大日本帝国と同じく大げさで、帝国主義に無批判でけしからん、と書かれてあるのを読んだことがあります。

川北稔『イギリス近代史講義』講談社現代新書

 言葉を「帝国主義に無批判」だとかなんとかいう角度からあげつらっても無益だ、とは思います。

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[][][][][]春のうた を読む(その6) 16:32 はてなブックマーク - 春のうた を読む(その6) - 蜀犬 日に吠ゆ

11

 漁(いさ)りする海人(あま)の楫(かぢ)の音(と)ゆくらかに妹(いも)は心に乗りにけるかも

            よみ人知らず

 『万葉集』巻十二、旅情の旅のうち。前回掲出の「妹は心に乗りにけるかも」という表現が古代人にいかに好まれたかを示す別の一例。前の歌のしだれ柳に対して、ここでは漁師のゆっくり漕ぐ櫓の音が、ゆたゆたと波のように揺れる恋ごころを表現する。櫓音がゆるやかにきこえてくるように、恋人よ、おまえはゆくらかに(ゆったりと)私の心に乗ってしまったのだ。しだれ柳はしなやかに、櫓の音はゆったりと、相手の面影のままに。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 岸辺にでもぼおっと座っているんでしょうかねえ。そのまま寝れば夢枕に立ってくれるかも(それじゃ幽霊だ)。


12

 家にてもたゆたふ命波の上に浮きてし居れば奥処(おくか)知らずも

             よみ人知らず

 『万葉集』巻十七。天平二年十一月、太宰帥(だざいのそち)大伴旅人は大納言に任ぜられ、それまでの任地太宰府から都に帰ったが、従者たちは旅人とは別に海路帰郷した。その折、不安な旅の前途を憂えておのおのが作った歌の一首。安全な陸地の家にいてさえたゆたう(ゆらゆら揺れ動く)命であるのに、波の上に漂えば、「奥処」(はて、行く末)も知れぬ心細さよ、と歌う。古代の船旅の不安を歌うが、この歌には現代人の胸に響く普遍的な哀感がある。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 従者たちはどうして船で帰らなければ成らなかったのでしょうね。予算や旅程の都合でしょうか? まさか旅人のイジメ(パワー・ハラスメント)ってことはないでしょうね。

 上の句下五の「波の上に」と字余りするあたりは、いかにも万葉ぶりが感じられていいですね。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

2011-03-30

[][]島本和彦『機動武闘伝 Gガンダム』2 角川書店 19:21 はてなブックマーク - 島本和彦『機動武闘伝 Gガンダム』2 角川書店 - 蜀犬 日に吠ゆ

 で、第二巻の相手はネオ・チャイナのドラゴンガンダムとネオ・フランスのガンダムローズ。フランス語はラテン系ロマンス諸語で形容詞が後ろにちゃんと来ている! ガンダムとかローズとかは英語のまんまだけどねえ。それに同じ語系統のネオ・イタリアはネロスガンダムで、「ネロス」ってなんだか知りませんが語順が逆。

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[][][][][]春のうた を読む(その5) 16:56 はてなブックマーク - 春のうた を読む(その5) - 蜀犬 日に吠ゆ

9

 気霽(は)れては風新柳の髪を梳(けづ)る

 氷消えては波旧苔(きうたい)の鬚を洗ふ    都 良香(みやこのよしか)

 『和漢朗詠集』の「早春」。作者は平安前期の漢詩人・漢学者。空はうららかに晴れ、風はさながら佳人の髪のような新芽の柳をくしけずるように吹く。氷はとけ、さざ波が岸の苔を洗うさまは、さんがら去年からの古いあごひげを洗うようだ。「気」と「氷」、「風」と「波」、「新柳」と「旧苔」、「髪」と「鬚」、「梳る」と「洗ふ」。対照で成り立つ対句の技巧の妙。羅城門にすむ鬼が聞きつけ、感服して「あはれあはれ」といったという逸話のある句である。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 いい詩を詠むと羅城門の鬼が出てくるの? あいつは人を食うから危険じゃないの?

 閑話休題(それはさておき)、日本人が詠んでも当然漢詩なのですから白文があるはず。私の推測では、

 気霽風梳新柳髪

 氷消波洗旧苔鬚

と、なりましょう。これで平仄が合っているのかは知りませんが、漢学者都良香ですからそんなへまはしますまい。たしかに素晴らしい対句構造です。だいたい中国人は陰陽家の頃から対句が大好きですから、非対称を好む日本の美意識とはつねに一致しないのですが漢詩においてはみごとに日本でも受け入れがなされましたね。


10

 春さればしだり柳のとをおにも妹(いも)は心に乗りにけるかも

         柿本人麻呂歌集(かきのもとのひとまろかしゅう)

 『万葉集』巻十春の相聞(そうもん)。「春されば」のサルは移るの意。春になると。「とをを」(撓)はタワワの母音が変化した形で、たわみしなうさま。「妹」は愛する女、妻。春になるとしだれ柳がたわたわとしなう。それと同様、私の心がしなうほどに、いとしい妻よ、わが心の上におまえは乗ってしまって。心という、手にとれず、目にも見えないものの上に、たしかにひとりの女が乗っている面白さ。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 「柿本人麻呂歌集」というのは、『万葉集』にもそう記載されているため、柿本人麻呂の歌かどうか確認をとるすべがないんですよね。『万葉集』には、「柿本人麻呂」の歌も採られているのでややこしい。

 内容に関しては、「柳」って春のものだったんだ、という思いを新たにしました。たしかに枯れ枝を垂らしていた柳の木が新芽を吹いて青々としてきたら、目立って春の訪れを感じさせたでしょうね。なんとなく「怪談→ユーレイ→柳」の連想で夏の感覚でいましたが、改めませんと。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

2011-03-29

[][]島本和彦『機動武闘伝 Gガンダム』2 角川書店 19:21 はてなブックマーク - 島本和彦『機動武闘伝 Gガンダム』2 角川書店 - 蜀犬 日に吠ゆ

 ガンダム第二巻。

 昔私が小さい頃読んだガンダムの漫画は、2巻なのに「ガンダムⅢ めぐりあい宇宙」って書いてあったので混乱したなあ……

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[][][][][]春のうた を読む(その4) 18:51 はてなブックマーク - 春のうた を読む(その4) - 蜀犬 日に吠ゆ

7

 くさかげの なもなきはなに なをいひし はじめのひとの こころをぞおもふ

                 伊東静雄(いとうしずお)

 詩人伊東静雄が作った珍しい短歌。詩集『夏花』(昭一五)で透谷賞を与えられた時、さっそく祝いの歌を寄せた友人池田勉に対する返礼として書いたのがこの歌で、伊東の書簡集の中に見える。自分の詩集を「草かげの名もなき花」に擬し、最初に祝いのことばをかけてくれた、つまり「名」をよんでくれた人への感謝を下句でつげているわけだが、そんな事情を離れて読んだ方がかえって味わいの深い歌として読めるようである。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 逆に事情がわからないと、武田鉄矢『天までとどけ』の焼き直しか? などと思ってしまうような。

天までとどけ

 おいら 静かな歌が好きだよ

 へたでも そっと 唄ってくれないか

 夜空の星の ひとつひとつに

 きれいな名前を つけたのは

 にんげんだから

武田鉄矢「天までとどけ」『ドラえもん映画主題歌集』
ドラえもん映画主題歌集

ドラえもん映画主題歌集

 だいたいいつもドラえもんが判断基準になります。 


8

 女身仏(にょしんぶつ)に春剥落のつづきをり

    細見綾子(ほそみあやこ)

 『伎藝天』(昭四八)所収。奈良の秋篠寺を早春訪れた時の句である。折からの春雪に冷えしまっている空気の中、薄暗い堂内に寺宝の伎芸天が立っている。仏像の表面の黒うるしが剥落し、やや赤みがかった地肌があらわになっているところがある。その一瞬の印象を、長い長い時間の流れに浮かべて透かし視たとき、この句の想が成った。剥落が今この春にも続いているのだ、と見る目に詩の機微がある。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 私たちはつい「現在」を中心に物事をとらえ、古い仏像などを見ても「歴史の積み重ねの結果として、今ここにある仏像」などに目を向けがちですが、仏像の存在は、「現在進行形」であり、吸湿と乾燥とを繰り返し、ゆるやかに剥落しつつ仏像は「未来」へまでもつながっている存在であるわけです。

 寺に詣でてゆくから仏像が現れてくるのではなくて、仏像はそこにあり、私と一時期交錯する。

 しかしまあ、「女身仏」をもってくるあたりが女の作者と男の読者にはイメージのギャップをもたらすようでもあり、そういう意味でやや挑戦的な句ですね。女の読者のことは知らん。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

2011-03-28

[][][][][]春のうた を読む(その3) 18:51 はてなブックマーク - 春のうた を読む(その3) - 蜀犬 日に吠ゆ

5

 鳥籠をしづ枝にかけて永き日を桃の花かずかぞへてぞ見る

             山川登美子(やまかわとみこ)

 山川登美子は鳳(ほう)晶子とともに、与謝野鉄幹主催の「明星」の花形歌人だった。鉄幹への慕情を抱きながらも晶子に恋を譲った悲恋の人というので有名になったが、その三十年の生涯はたしかに薄幸だった。しかし残した歌は、晶子の歌とはまた別の魅力を有する。右の歌は「明星」二号に出たもの。「しづ枝」は下枝。艶麗だが不思議にも三句目以下に倦怠の翳(かげ)があって、孤愁に耐えているような寂しさも漂う。

大岡信『折々のうた』岩波新書

鳥籠には、文鳥とかジュウシマツとか、地味な鳥が入っていたのでしょうかね。定石通りならばウグイスですけれども、そうもいかずに適当な鳥を下げて、鳴き声を期待もできないのでぼんやり花の数でも数えるしかない。倦怠と言うより、軽く絶望するような歌に感じられます。


6

 葛飾や桃の籬(まがき)も水田べり

       水原秋桜子(水原秋桜子)

 第一句集『葛飾』(昭五)所収。真間手古奈(ままのてこな)伝説で古くから知られる水郷の葛飾。秋桜子は壮年のころ、この隅田川東郊の地を愛して盛んに歩きまわった。大正時代には水田も豊かだった。うららかな日がさし、オタマジャクシが走り、水田べりの垣根には桃の花が咲いて、上気した色を田に映した。みずみずしい外界描写に昔日の田園への郷愁をしみわたらせた秋桜子の句風は、大正末期から昭和初年にかけて近代俳句に新しい窓を開けた。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 葛飾が水郷と聞くと「金町浄水場か?」などと反応してしまう、ご時世ですね。

 「真間手古奈」伝説というのは葛飾に住んでいて、自分の美貌を男どもが奪い合い争い合うのに絶望して海に飛び込んだ、という話らしい。出典不明。

 しかし俳諧の軽妙さというかすがすがしい味わいをはっきりとさせた名句ですね。あたりまえか。始めに舞台を示し、桃の垣根へと焦点をしぼっていっておいて、ふっとわきの田んぼに目を移す。中七から下五への「切れ」がすばらしく、水田を出したことによって上五の「葛飾や」が生きてくる。

 信じられない完成度。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

2011-03-27

[][]コヘレトの言葉 16:47 はてなブックマーク - コヘレトの言葉 - 蜀犬 日に吠ゆ

 今日もネットを巡っていて、みんなまだ原発のことをわいわいやってる。私はもう集中力も持続力も途切れました。集中力の持続力が途切れたのかな? まあどっちでもいいや。

 それで「何もかもむなしい……」などと言っていても非生産的なのですが、まあ別に私もたいした生産力を持っているわけではないのでそれは、それでいい。

コヘレトの言葉 一

8 何もかも、もの憂い。

 語り尽くすこともできず

 目は見飽きることなく

 耳は聞いても満たされない。

9 かつてあったことは、これからもあり

 かつて起こったことは、これからも起こる。

 太陽の下、新しいものは何ひとつない。

新共同訳聖書

コヘレトの言葉 一

12 わたしコヘレトはイスラエルの王としてエルサレムにいた。 13 天の下に起こることをすべて知ろうと熱心に探求し、知恵を尽くして調べた。神はつらいことを人の子らの務めとなさったものだ。 14 わたしは太陽の下に起こることをすべて見極めたが、見よ、どれもみな空しく、風を追うようなことであった。

15 ゆがみは直らず

 欠けていれば、数えられない。

16 わたしは心にこう言ってみた。「見よ、かつてエルサレムに君臨した者のだれにもまさって、わたしは知恵を深め、大いなるものとなった」と。わたしの心は知恵と知識を深く見極めたが、 17 熱心に求めて知ったことは、結局、知恵も知識も狂気であり愚かであるにすぎないということだ。これも風を追うようなことだと悟った。

18 知恵が深まれば悩みも深まり

 知識が増せば痛みも増す。

新共同訳聖書

[][][][][]春のうた を読む(その2) 16:33 はてなブックマーク - 春のうた を読む(その2) - 蜀犬 日に吠ゆ

3

 あはれなりわが身のはてやあさ緑つひには野べの霞と思へば

             小野小町(おののこまち)


 『新古今集』巻八哀傷歌。前回掲出の大伴坂上郎女の歌にも花の命に託した生への愛惜があったが、歌は晴れやかだった。平安初期の小町の歌になると、生への無情へ注ぐまなざしに憂愁の色が深まる。野べの霞というのは、死んで火葬されるとき、その煙がたなびくさまを言ったと解されているが、この歌の生みだす広がりをもった影像と、それが与える感銘は、そんな解釈に限定されないところがある。春愁と、生の無常迅速と。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 こちらは完全に無常観に満ちていると言ってよいのでしょうね。小野小町はなんでいつもこんなに暗いのか。そして、そんなに暗い彼女が人気者であり芸術の力で永遠に生き続けているというのも不思議なものです。


4

 春の苑(その)紅(くれなゐ)にほふ桃の花下照(したで)る道に出で立つ少女(をとめ)

             大伴家持(おおとものやかもち)


 『万葉集』巻十九巻頭に、春の園の桃と李(すもも)をながめて作った歌二首を掲げるうち、桃の歌。家持三十四歳当時の三月一日、国守だった越中での作。「にほふ」は色美しく映える意。家持は植物好きだったらしい。庭にいろいろな花木も植えていただろう。ただ、この有名な歌、実景だろうか。桃は満開だったとしても、少女は家持がよび出した夢の乙女ではないのか。歌からの想像で、確たる根拠はないのだが。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 たしかに「出で立つ」という語には力強さのような感じがありますから、何もない空間に少女の姿が現れてきたという解釈が成り立ちますね。

 「ターナーが描いたような島」があったら、そこにマドンナをたたせてみたいというのは野太の専売ではない、という話でいいのでしょうか。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

2011-03-26

[][][][][]春のうた を読む(その1) 15:07 はてなブックマーク - 春のうた を読む(その1) - 蜀犬 日に吠ゆ

1

 石(いは)ばしる垂水の上のさ蕨の萌え出づる春になりにけるかも

             志貴皇子(しきのみこ)

 『万葉集』巻八の巻頭を飾る。春の名歌として愛されてきた。「石ばしる」は石の上をはげしく流れるさまをいう。「垂水」は滝。石の上をはげしく流れる滝のほとりに、さわらびも芽を出す季節になったのだ。冬は去った、さあ、野に出よう。

 志貴皇子は天智天皇の皇子。万葉には六首残すだけだが、おおらかな調べは天性の歌人たることを示している。右の歌は『新古今集』にも若干歌詞を変えて採られている。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 「さあ、野に出よう」は大岡先生のつけたしですね。新聞読者へのメッセージでしょうか? 志貴皇子は(写生の原則からは)とうぜん滝の上にいて蕨をみているのでしょうからね。

 いまだと、「萌え」の解釈がもうすこし説明を要しますかね。冷たくて暗い冬の土の中から、明るいところへと生命力を躍動させるような蕨に、皇子も力づけられたのでしょう。 


2

 酒坏(さかづき)に梅の花浮け思ふどち飲みての後は散りぬともよし

          大伴坂上郎女(おおとものさかのうえのいつらめ)

 『万葉集』巻八。作者は万葉女流歌人の大立者で、大伴旅人(たびと)の異母妹。家持(やかもち)には叔母だが、郎女の娘が家持の妻となったから、彼の義母ともなった。梅花の下での心通い合う人々との酒宴をたたえる。一同うたげに歓を尽くしたのちは、花は散ってもかまわない、という。そういう形で、酒興を一層盛りたて、同時に梅の命をも愛惜しているのである。貫禄を感じさせる歌だ。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 「貫禄を感じさせる歌だ」という締めくくりのほうが貫禄を感じる。というか大岡先生このころから大御所だったのでしょうか。重陽(旧暦九月九日)のころ、杯に菊の花を散らすのは中国からのでんとうですが、これはどうもそうではないようですね。

 梅の花の下で酒宴を張るのだからとうぜん花びらが舞い落ちてくる。杯に入って浮かんでみよ、と誘っているんでしょうね。

 ただ、「うたげに歓を尽くしたのちは、花は散ってもかまわない」というのが「愛惜」になるのかはわからないですよね。楽しむだけ楽しんであとはゴミも片付けずに帰っていく花見客のような印象を、わたしなどは覚えてしまいました。

 むしろ、「花とともにわれらも散る身、いまはただ飲め、歌え」という無常観を感じてしまうのです。もちろん、大伴旅人が活躍した8世紀前半の仏教は、まだまだ鎮護国家の金剛不壊のガッツあふれる宗教でしたから、わたしの印象が現代人のあとづけなのでしょう。しかし、学問的に考察する時ではなくて万葉の歌を鑑賞する時、そういうある意味偏見があってもいいかな、とは思います。大岡先生の解釈を「常識」として理解するのとは別に。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)


[][][][]大岡信『折々のうた』岩波新書 を読む 15:07 はてなブックマーク - 大岡信『折々のうた』岩波新書 を読む - 蜀犬 日に吠ゆ

 橋本治『大不況には本を読む』中公新書ラクレ という本がありまして、はなしの内容はばっちり忘れたのですが、タイトルだけは妙に心に残っております。

 で、日本全体だけでなくて、私個人としても大絶賛大不況なものですから、またじわじわ本でも読むかと。放心しているうちにもう2週間ですからね。被災者でもないのに。

 しかし、問題もあります。個人的に大不況ということですから、新しい本をほいほい買ってくるというのはすこし控える必要を感じる、そこで昔の本を引っ張り出して読み返す運動を推進したい。

 その結果、とりあえず日本語の基本を見つめ直すためというか、詩歌を読むことにし、『折々のうた』なんかどうだろう、ということになったわけです。

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2011-03-06

[][]島本和彦『機動武闘伝 Gガンダム』1 角川書店(その2) 18:27 はてなブックマーク - 島本和彦『機動武闘伝 Gガンダム』1 角川書店(その2) - 蜀犬 日に吠ゆ

 というわけで、ネオジャパンのガンダムファイター、ドモン・カッシュがガンダムファイトを繰り広げる。

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2011-03-05

[][]島本和彦『機動武闘伝 Gガンダム』1 角川書店 21:03 はてなブックマーク - 島本和彦『機動武闘伝 Gガンダム』1 角川書店 - 蜀犬 日に吠ゆ

 島本キャラって、熱い。そして、その脇にツッコミが通りがかるのもお約束。そして自分がどっちなのかというと、普通は「熱いキャラ2:ツッコミキャラ8」なんですね。しかし島本先生はそれをゆさぶってくる。下手すると熱さを5割を超えるほどに。そのドライブ感覚が、島本作品の魅力なんでしょう。私にとっては。他の人は知らん。だから、こんなにメジャーなのにマイナー感が蔓延してる現状を理解できません。

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[][][]満賀道雄『愛…しりそめし頃に…』10 小学館 20:21 はてなブックマーク - 満賀道雄『愛…しりそめし頃に…』10 小学館 - 蜀犬 日に吠ゆ

 もはや時系列無視のパラレルワールドに突入してやりたい放題の『愛知り』です。そうして今回も、テラさんが爆走!

愛…しりそめし頃に… 10 (ビッグコミックススペシャル)

愛…しりそめし頃に… 10 (ビッグコミックススペシャル)

 あーあと、この漫画『愛…しりそめし頃に…』だったんですね。ずっと「愛知り」「愛知り」って省略してたので知りませんでした。引用のところではちゃんとしてたのも、無意識。ユング先生って、偉いのかもしれませんね。

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2011-03-02

[][]教育者トルストイ~~藤沼貴『トルストイ・クロニクル』ユーラシア・ブックレット 東洋書店 20:40 はてなブックマーク - 教育者トルストイ~~藤沼貴『トルストイ・クロニクル』ユーラシア・ブックレット 東洋書店 - 蜀犬 日に吠ゆ

 トルストイの生涯を綴った年表。

トルストイ・クロニクル―生涯と活動 (ユーラシア・ブックレット)

トルストイ・クロニクル―生涯と活動 (ユーラシア・ブックレット)

 もちろん文学者として著名なのですが、一時期学校を経営したりもしていたんですね。

 学校を開いたトルストイ校長の教育理念の話。

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2011-03-01

[][][]「もしも」の経済史~~川北稔『イギリス近代史講義』講談社現代新書 21:39 はてなブックマーク - 「もしも」の経済史~~川北稔『イギリス近代史講義』講談社現代新書 - 蜀犬 日に吠ゆ

 90年代ころはまだ異論も多かったウォーラーステイン「近代世界システム」論、最近は高校の教科書などにも登場するようになってだいぶ研究が進んだようですね。

 その先を概説する新書。

イギリス近代史講義 (講談社現代新書)

イギリス近代史講義 (講談社現代新書)

 面白かった部分だけメモ的に。

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