蜀犬 日に吠ゆ

2011-03-28

[][][][][]春のうた を読む(その3) 18:51 はてなブックマーク - 春のうた を読む(その3) - 蜀犬 日に吠ゆ

5

 鳥籠をしづ枝にかけて永き日を桃の花かずかぞへてぞ見る

             山川登美子(やまかわとみこ)

 山川登美子は鳳(ほう)晶子とともに、与謝野鉄幹主催の「明星」の花形歌人だった。鉄幹への慕情を抱きながらも晶子に恋を譲った悲恋の人というので有名になったが、その三十年の生涯はたしかに薄幸だった。しかし残した歌は、晶子の歌とはまた別の魅力を有する。右の歌は「明星」二号に出たもの。「しづ枝」は下枝。艶麗だが不思議にも三句目以下に倦怠の翳(かげ)があって、孤愁に耐えているような寂しさも漂う。

大岡信『折々のうた』岩波新書

鳥籠には、文鳥とかジュウシマツとか、地味な鳥が入っていたのでしょうかね。定石通りならばウグイスですけれども、そうもいかずに適当な鳥を下げて、鳴き声を期待もできないのでぼんやり花の数でも数えるしかない。倦怠と言うより、軽く絶望するような歌に感じられます。


6

 葛飾や桃の籬(まがき)も水田べり

       水原秋桜子(水原秋桜子)

 第一句集『葛飾』(昭五)所収。真間手古奈(ままのてこな)伝説で古くから知られる水郷の葛飾。秋桜子は壮年のころ、この隅田川東郊の地を愛して盛んに歩きまわった。大正時代には水田も豊かだった。うららかな日がさし、オタマジャクシが走り、水田べりの垣根には桃の花が咲いて、上気した色を田に映した。みずみずしい外界描写に昔日の田園への郷愁をしみわたらせた秋桜子の句風は、大正末期から昭和初年にかけて近代俳句に新しい窓を開けた。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 葛飾が水郷と聞くと「金町浄水場か?」などと反応してしまう、ご時世ですね。

 「真間手古奈」伝説というのは葛飾に住んでいて、自分の美貌を男どもが奪い合い争い合うのに絶望して海に飛び込んだ、という話らしい。出典不明。

 しかし俳諧の軽妙さというかすがすがしい味わいをはっきりとさせた名句ですね。あたりまえか。始めに舞台を示し、桃の垣根へと焦点をしぼっていっておいて、ふっとわきの田んぼに目を移す。中七から下五への「切れ」がすばらしく、水田を出したことによって上五の「葛飾や」が生きてくる。

 信じられない完成度。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)