蜀犬 日に吠ゆ

2011-03-29

[][][][][]春のうた を読む(その4) 18:51 はてなブックマーク - 春のうた を読む(その4) - 蜀犬 日に吠ゆ

7

 くさかげの なもなきはなに なをいひし はじめのひとの こころをぞおもふ

                 伊東静雄(いとうしずお)

 詩人伊東静雄が作った珍しい短歌。詩集『夏花』(昭一五)で透谷賞を与えられた時、さっそく祝いの歌を寄せた友人池田勉に対する返礼として書いたのがこの歌で、伊東の書簡集の中に見える。自分の詩集を「草かげの名もなき花」に擬し、最初に祝いのことばをかけてくれた、つまり「名」をよんでくれた人への感謝を下句でつげているわけだが、そんな事情を離れて読んだ方がかえって味わいの深い歌として読めるようである。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 逆に事情がわからないと、武田鉄矢『天までとどけ』の焼き直しか? などと思ってしまうような。

天までとどけ

 おいら 静かな歌が好きだよ

 へたでも そっと 唄ってくれないか

 夜空の星の ひとつひとつに

 きれいな名前を つけたのは

 にんげんだから

武田鉄矢「天までとどけ」『ドラえもん映画主題歌集』
ドラえもん映画主題歌集

ドラえもん映画主題歌集

 だいたいいつもドラえもんが判断基準になります。 


8

 女身仏(にょしんぶつ)に春剥落のつづきをり

    細見綾子(ほそみあやこ)

 『伎藝天』(昭四八)所収。奈良の秋篠寺を早春訪れた時の句である。折からの春雪に冷えしまっている空気の中、薄暗い堂内に寺宝の伎芸天が立っている。仏像の表面の黒うるしが剥落し、やや赤みがかった地肌があらわになっているところがある。その一瞬の印象を、長い長い時間の流れに浮かべて透かし視たとき、この句の想が成った。剥落が今この春にも続いているのだ、と見る目に詩の機微がある。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 私たちはつい「現在」を中心に物事をとらえ、古い仏像などを見ても「歴史の積み重ねの結果として、今ここにある仏像」などに目を向けがちですが、仏像の存在は、「現在進行形」であり、吸湿と乾燥とを繰り返し、ゆるやかに剥落しつつ仏像は「未来」へまでもつながっている存在であるわけです。

 寺に詣でてゆくから仏像が現れてくるのではなくて、仏像はそこにあり、私と一時期交錯する。

 しかしまあ、「女身仏」をもってくるあたりが女の作者と男の読者にはイメージのギャップをもたらすようでもあり、そういう意味でやや挑戦的な句ですね。女の読者のことは知らん。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)