蜀犬 日に吠ゆ

2011-03-30

[][][][][]春のうた を読む(その5) 16:56 はてなブックマーク - 春のうた を読む(その5) - 蜀犬 日に吠ゆ

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 気霽(は)れては風新柳の髪を梳(けづ)る

 氷消えては波旧苔(きうたい)の鬚を洗ふ    都 良香(みやこのよしか)

 『和漢朗詠集』の「早春」。作者は平安前期の漢詩人・漢学者。空はうららかに晴れ、風はさながら佳人の髪のような新芽の柳をくしけずるように吹く。氷はとけ、さざ波が岸の苔を洗うさまは、さんがら去年からの古いあごひげを洗うようだ。「気」と「氷」、「風」と「波」、「新柳」と「旧苔」、「髪」と「鬚」、「梳る」と「洗ふ」。対照で成り立つ対句の技巧の妙。羅城門にすむ鬼が聞きつけ、感服して「あはれあはれ」といったという逸話のある句である。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 いい詩を詠むと羅城門の鬼が出てくるの? あいつは人を食うから危険じゃないの?

 閑話休題(それはさておき)、日本人が詠んでも当然漢詩なのですから白文があるはず。私の推測では、

 気霽風梳新柳髪

 氷消波洗旧苔鬚

と、なりましょう。これで平仄が合っているのかは知りませんが、漢学者都良香ですからそんなへまはしますまい。たしかに素晴らしい対句構造です。だいたい中国人は陰陽家の頃から対句が大好きですから、非対称を好む日本の美意識とはつねに一致しないのですが漢詩においてはみごとに日本でも受け入れがなされましたね。


10

 春さればしだり柳のとをおにも妹(いも)は心に乗りにけるかも

         柿本人麻呂歌集(かきのもとのひとまろかしゅう)

 『万葉集』巻十春の相聞(そうもん)。「春されば」のサルは移るの意。春になると。「とをを」(撓)はタワワの母音が変化した形で、たわみしなうさま。「妹」は愛する女、妻。春になるとしだれ柳がたわたわとしなう。それと同様、私の心がしなうほどに、いとしい妻よ、わが心の上におまえは乗ってしまって。心という、手にとれず、目にも見えないものの上に、たしかにひとりの女が乗っている面白さ。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 「柿本人麻呂歌集」というのは、『万葉集』にもそう記載されているため、柿本人麻呂の歌かどうか確認をとるすべがないんですよね。『万葉集』には、「柿本人麻呂」の歌も採られているのでややこしい。

 内容に関しては、「柳」って春のものだったんだ、という思いを新たにしました。たしかに枯れ枝を垂らしていた柳の木が新芽を吹いて青々としてきたら、目立って春の訪れを感じさせたでしょうね。なんとなく「怪談→ユーレイ→柳」の連想で夏の感覚でいましたが、改めませんと。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)