蜀犬 日に吠ゆ

2011-03-31

[][][][][]春のうた を読む(その6) 16:32 はてなブックマーク - 春のうた を読む(その6) - 蜀犬 日に吠ゆ

11

 漁(いさ)りする海人(あま)の楫(かぢ)の音(と)ゆくらかに妹(いも)は心に乗りにけるかも

            よみ人知らず

 『万葉集』巻十二、旅情の旅のうち。前回掲出の「妹は心に乗りにけるかも」という表現が古代人にいかに好まれたかを示す別の一例。前の歌のしだれ柳に対して、ここでは漁師のゆっくり漕ぐ櫓の音が、ゆたゆたと波のように揺れる恋ごころを表現する。櫓音がゆるやかにきこえてくるように、恋人よ、おまえはゆくらかに(ゆったりと)私の心に乗ってしまったのだ。しだれ柳はしなやかに、櫓の音はゆったりと、相手の面影のままに。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 岸辺にでもぼおっと座っているんでしょうかねえ。そのまま寝れば夢枕に立ってくれるかも(それじゃ幽霊だ)。


12

 家にてもたゆたふ命波の上に浮きてし居れば奥処(おくか)知らずも

             よみ人知らず

 『万葉集』巻十七。天平二年十一月、太宰帥(だざいのそち)大伴旅人は大納言に任ぜられ、それまでの任地太宰府から都に帰ったが、従者たちは旅人とは別に海路帰郷した。その折、不安な旅の前途を憂えておのおのが作った歌の一首。安全な陸地の家にいてさえたゆたう(ゆらゆら揺れ動く)命であるのに、波の上に漂えば、「奥処」(はて、行く末)も知れぬ心細さよ、と歌う。古代の船旅の不安を歌うが、この歌には現代人の胸に響く普遍的な哀感がある。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 従者たちはどうして船で帰らなければ成らなかったのでしょうね。予算や旅程の都合でしょうか? まさか旅人のイジメ(パワー・ハラスメント)ってことはないでしょうね。

 上の句下五の「波の上に」と字余りするあたりは、いかにも万葉ぶりが感じられていいですね。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)