蜀犬 日に吠ゆ

2011-03-31

[][][]UK(グレート・ブリテンおよび北方アイルランド連合王国)のこと 16:55 はてなブックマーク - UK(グレート・ブリテンおよび北方アイルランド連合王国)のこと - 蜀犬 日に吠ゆ

 日本の、外国語から作った翻訳語というのは、独特の癖があります。普段から日本語にどっぷりとつかっていると存外気づかないものですが、日常頻繁に使われる語句であっても、だいぶおかしなことになっていますよね。「テレビ」とか「シャーペン」とかね。

 そんななか「イギリス」もまた、よく使われることばにしては不思議なことばで、よく話題になります。正式名称だけではなく、ブリテン全体をイングランドで代表させることのおかしさなどがやり玉に挙がることもあります。さらに漢字表記に関しても。

第三章 ヨーロッパ世界システムの拡大とイギリス

イギリスが「帝国」であったことの意味

 少し脱線になりますが、以前、大英帝国という表現は大日本帝国と同じく大げさで、帝国主義に無批判でけしからん、と書かれてあるのを読んだことがあります。

川北稔『イギリス近代史講義』講談社現代新書

 言葉を「帝国主義に無批判」だとかなんとかいう角度からあげつらっても無益だ、とは思います。

大英帝国は事大主義な表記ではない

第三章 ヨーロッパ世界システムの拡大とイギリス

イギリスが「帝国」であったことの意味

 少し脱線になりますが、以前、大英帝国という表現は大日本帝国と同じく大げさで、帝国主義に無批判でけしからん、と書かれてあるのを読んだことがあります。しかし、これはまちがいです。明治時代に「大英国」という言葉がありました。あまりはやらず、すたれてしまいましたが、英国の英は「英吉利(エゲレス)」の英で、イングランドのことです。そのイングランドとウェールズ、スコットランドをあわせたものをブリテン、ないしグレイト・ブリテンというのですが、これも日本では「イギリス」ないし「英国」とよんできました。だから、とくに「ブリテン」を「イングランド」から区別する日本語がないので、それを「大英国」と訳したのです。イギリス帝国の言語は、 The British Empire ですから、「大英帝国」は決した間違った事大思想の産物などではありません。

川北稔『イギリス近代史講義』講談社現代新書

 どうですか「England」と「Britain」を「英国」「大英国」で訳し分け、Empire だから「大英帝国になる」というわけです。これはこれで筋が通っています。

 「これはこれで」などというのは、私はまた別の視点から「大英帝国」が事大主義ではないという話をしたいからです。

英語とフランス語

 そもそもあの島を、「グレート・ブリテン」などと呼ぶようになったのはどういう事情によるものか。「ブリタニア」というのはローマ帝国がつけた名前で今のイングランド・ウェールズあたりを指していました。スコットランドはカレドニア。隣の小さい島が「レッサー・ブリテン」というわけではなくてアイルランドは「ヒベルニア」。

 英語で、訳がわからなくなったらフランス語を参照。

第3章 「フランス人」の成り立ち

12 ブルトン人がらみで仏英関係を見る

 おお、英国史をやっているわけではない。しかし我らのフランスと関係するのでここまで語った。「ブリタニア」(ブルターニュ)のブリトン人、つまりケルト人が五世紀に海を越えて、ガロ=ロマン時代「アルモリカ」(フランス語でアルモリック)と呼ばれた半島地方に移住した。それでここは「小ブリタニア」(プチット・ブルターニュ)と呼ばれるようになり、やがてただ「ブルターニュ」となったので、もとの「ブリタニア」(ブルターニュ)の島を「大ブリタニア」(グランド・ブルターニュ)と呼ぶことにした。英語では「グレイト・ブリテン」だ。

 これを明治時代の日本人は英国崇拝癖から「ブリティッシュ・エンパイヤー」(インドなどの植民地を含めた「英帝国」)のことだと混同し、「大英帝国」という日本語を作ってしまった。もう一度言おう、「グレイト・ブリテン」は島の名前に過ぎない。イングランドはアングロ・サクソン系だが、スコットランド、ウェイルズ、コーンウォールはケルト系だ(山地ばかり)。だからサッカーやラグビーのナショナルチームは一つになれない。

篠沢秀夫『フランス三昧』中公新書

 サクソン人の侵略……最悪だ。

 フランス側から見ると、「大英帝国」は言い過ぎだ、となるわけですね。しかしいまさら「大部利帝国」とか造語はできないでしょう。


「大」のつく国はえらいわけではない

 ここから先は雑談。「大日本帝国」はたしかに「大英帝国」の幻想に引きずられた夜郎自大的僭称だったのでしょう。しかし、「大」は偉大の意味を常に持ちますかね。

 大秦王安敦のはなし。ローマ皇帝マルクス=アウレリウス=アントニヌスが使者を送ってきました。アントニヌスだから「安敦」これはいいですよね。でもローマ帝国の何が「大秦国」なのか。といえば戦国時代、西の方にあった国は「秦」なんですよね。ユーラシアのあっちとこっちではだいぶ離れていますけれども、「秦国よりもにしのくに? じゃあ大秦国な」というのが中国の感覚ではないかと。ほかにも、「大月氏」「小月氏」とかね。中国に近いところにいる「月氏」が「小」で、その向こうにいるのが「大」。南越国より南にあると「大越国」とかね。中華思想からすると、「大」は別にほめ言葉ではない。

 フランスもまた中華思想だから、「大ブリテン」に尊敬の気持ちはまったくない、と思います。たまたま19世紀にイギリスが世界帝国になってしまったことが、いろいろ誤解を生むのでしょうかなあ。

イギリス近代史講義 (講談社現代新書)

イギリス近代史講義 (講談社現代新書)

フランス三昧 (中公新書)

フランス三昧 (中公新書)