蜀犬 日に吠ゆ

2011-04-01

[][][][][]春のうた を読む(その7) 15:58 はてなブックマーク - 春のうた を読む(その7) - 蜀犬 日に吠ゆ

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 何(いづ)れぞも 泊(とど)まり

 かの崎こえて    神楽歌(かぐらうた)・早歌(そうか)

 神楽歌は広くは神前で舞いと音楽に唱和する歌謡、狭くは宮中で奏される神事歌謡をさす。ふつう『神楽歌』と題する本におさめるのは後者で、こまかく分けられた形式によって奏される多種多様の歌詞がある。右は「早歌」の部の一つ。楽人が本(もと)と末に分かれて掛け合いでうたう。第一行が本方、第二行が末方。旅人同士が海ですれ違いながらの問答だろうが、短い問答ゆえに心にしみて忘れがたい。「今夜はどこでお泊まり?」「あの岬を廻った所で」。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 これがどうして春の歌なのかわかりませんが。まあ宮中の儀式なのですからきちんと暦の上に位置づけられているのでしょうね。海の上で寝るわけにはいかないでしょうから、岬を越えて入り江に入るのでしょう。


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 春の岬(みさき)旅のをはりの鷗(かもめ)どり

 浮きつつ遠くなりけるかも   三好達治(みよしたつじ)

 第一詩集『測量船』(昭五)巻頭を飾った短歌形式の二行詩。昭和二年四月、伊豆湯ヶ島に転地療養中だった親友の作家梶井基次郎を見舞ったあと、下田から駿河湾を横切って清水にまで渡ったときの戦中の作らしい。岬の波間に浮くかもめが、視野を次第に遠ざかってゆく。それは言いかえれば自分が後ろ向きに陸地から遠ざかってゆくことだ。ひとつの「旅のをはり」は次の旅の始まりなのである。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 伊豆下田から清水港へ駿河湾を横切るとなれば、当然富士山が見えるでしょう。普通それを詠みたくなるのが人情ですが、安易に流れず。かもめと遠ざかる、それはつまり梶井君からも遠ざかっていくことを示すのですが、それをしみじみと詠むことで「旅のをはり」に余韻を持たせようとしている詩ですね。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)