蜀犬 日に吠ゆ

2011-04-08

[][][][][]春のうた を読む(その1419:22 はてなブックマーク - 春のうた を読む(その14) - 蜀犬 日に吠ゆ

27

 山里の春の夕ぐれ来て見ればいりあひのかねに花ぞ散りける

             能因法師(のういんほうし)

 『新古今集』春下。「都をば霞とともにたちしかど秋風ぞふく白河の関」の歌で有名な平安中期の歌人。当時の歌人の中では、いい意味で押しの強い印象鮮明な歌を作った人である。入相の鐘(日暮れに寺でつく鐘)の音が山里の夕暮れの空を渡るとき、それに響き合うように、はらりはらり桜が散っている情景。言葉の、少しねばるようなゆったりとした運びのうちに、春のそこはかとない憂愁が漂う。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 百人一首で能因法師というと「嵐吹く三室の山のもみぢ葉は竜田の川の錦なりけり」で、「印象鮮明」ですが、「いい意味で押しの強い」はどうかなあ。春の夕ぐれ鐘の音に合わせて桜が散るというのもおなじで「印象鮮明」ですが「押しが強い」かなあ。「都をば霞とともにたちしかど」は強い調子が見てとれるんですけれどもね。


28

 したゝかに水をうちたる夕ざくら

       久保田万太郎(くぼたまんたろう)

 『草の丈』(昭二七)所収。作家・劇作家で同時に俳人だった万太郎の大正十五年の作。彼は関東大災で罹災したのち東京の日暮里(にっぽり)渡辺町に住みついていた。「渡辺町といふところ」と前書きのある右の句、いうまでもなく「したゝかに」で全体が生きている。夕桜が家並みの門や塀から枝をひろげている。その前の道路にたっぷり打ち水をしてあるのだ。清楚な桜をあでやかにめでる心がそこにある。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 花と水はよい格好の組み合わせなのですよね。たんなる桜並木より、河原の土手の桜が好まれたり、山のしだれ桜が谷川に枝を落としているような絵がよく描かれる訳ですが、町屋のなかでそういう景色に出会った感動が読み取れますね。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)