蜀犬 日に吠ゆ

2011-04-09

[][][][][]春のうた を読む(その15) 18:58 はてなブックマーク - 春のうた を読む(その15) - 蜀犬 日に吠ゆ

29

 春風(はるかぜ)の花を散らすと見る夢(ゆめ)はさめてもむねのさわぐなりけり

                 西行法師(さいぎょうほうし)

 家集『山家集』所収。西行は桜の歌人、吉野山の歌人としてとくに有名だが、右は「夢の中の落花」という題を出されて作ったいわゆる題詠。しかし桜の、ぞっとするほどの美しさが、そのはげしい落花時のすがたにあることを、これほど身にひきつけて魅力的にうたった歌も少ないだろう。西行の歌には、武家出身のせいもあろうが、当時の他の貴族歌人にはないはげしさと、思うところを言い切るいさぎよさがある。

大岡信『折々のうた』岩波新書

30

 花散るや伽藍の枢(くるる)落とし行く

       野沢凡兆(のざわぼんちょう)

 凡兆は芭蕉の弟子。鮮烈な感覚で一頭地を抜く俊才だった。蕉門の各種の集から編まれた七種の詞華集(『芭蕉七部集』)のうち評価の特に高い『猿蓑』の共編者であり、同時に花形作者でもあった。水のしたたるような、という形容がふさわしい印象的な句を作る。「伽藍」は僧園、寺の境内。「枢」は戸の桟につけて敷居の穴に落としこみ、戸をしめる木片。寺の境内の夕暮れ、僧がきてお堂の重い扉をしめ、枢をトンと落として去る。庭にはハラハラと桜が散って。

大岡信『折々のうた』岩波新書
折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)