蜀犬 日に吠ゆ

2011-04-10

[][][][][]春のうた を読む(その16) 18:21 はてなブックマーク - 春のうた を読む(その16) - 蜀犬 日に吠ゆ

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 東大寺(とうだいじ)湯屋(ゆや)の空ゆく落花かな

           宇佐見魚目(うさみぎょもく)

 作者は『秋収冬蔵』(昭五〇)などの句集のある現代俳人。右は昭和五十一年作。奈良の誇る東大寺、その伽藍建築のひとつに湯屋、つまり浴室がある。美しい線の屋根をもった建物である。その大湯屋の上に春の空がひろがっている。それを見あげていて、ふと風に運ばれてひらひら湯屋の上方を渡ってゆく花びらを見つけたのだ。大景をとらえた格調のある句である。俳諧では、『古今集』以来の伝統で、単に「花」や「落花」といえば桜を指すのが普通。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 一方中国では桃ですね。花と言えば。一見したとき完全に銭湯の煙突が幻視されたので、東大寺の伽藍建築だといわれて驚き。なるほどそう考えると格調高いですね。


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 石に触るる春の雲は枕の上に生(な)る

 嶺を銜(ふく)む暁の月は窓の中(うち)より出(い)づ   橘直幹(たちばなのなおもと)

 『和漢朗詠集』巻下「山家」に収める。作者は平安中期の学者・文人。村上帝時代の代表的漢詩人で、名前は音読みでチョクカンともいう。「春、山寺に宿る」という詩の一節。高山に一夜を明かした春暁、眼前に見る自然界の大きさをうたう。俗に石に触れて生じるといわれる春の雲は、自分の枕元から立ちのぼり、嶺を口にくわえているかのような山ぎわの月は、自分の窓からじかに立ち出でる、と。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 なるほど、雲や月にちかい高山の寺に泊まったのでこういう誇張した歌をうたう、と。日本人も漢詩を詠むときには中国人並みに気宇壮大になるものですね。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)