蜀犬 日に吠ゆ

2011-04-18

[][][][][]春のうた を読む(その24) 16:53 はてなブックマーク - 春のうた を読む(その24) - 蜀犬 日に吠ゆ

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 ももづたふ磐余(いはれ)の池に鳴く鴨を今日のみ見てや雲隠(くもがく)りなむ

              大津皇子(おおつのみこ)

 『万葉集』巻三挽歌。天武天皇の遺子大津皇子が、反逆罪の汚名のもとに奈良の磐余(いわれ)の池のほとりで処刑された時、涙しつつ歌ったとされる臨終歌。「ももづたふ」は「イ」音にかかる枕詞。「雲隠る」は死ぬこと。この池に鳴く鴨を見るのも今日を限りとして、私はこうして死んでゆくのか。二十四歳の文武に秀でた皇子は宮廷の権力争いの犠牲としてはかなく散り、悲しみにくれる皇子の妃は、はだしで遺体にかけより、殉死した。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 「イ」音にかかる枕詞! そういうのもあるのか!! でもなんで「イ」でしょうね。いぐさの「い」だと「つたう」という感じじゃないですからねえ。「ももづたふイラチ」とか「ももづたふイギリス」とか「ももづたふイタクヮ」とか、そういうのありですかね。


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 ぜんまいののの字ばかりの寂光土(じゃくくわうど)

            川端茅舎(かわばたぼうしゃ)

 句集『華厳』(昭一四)所収。人っ子ひとりいない、やや湿りけをおびた森閑たる原野に、「の」のじに巻いた首をちょこんと立てたゼンマイが立ち並ぶ。その光景が、作者の心眼に、光明の遍照する寂光浄土を瞬時に開いてみせたのである。茅舎は岸田劉生に学んで画家を志したこともあったが、劉生没後絵を離れた。脊椎カリエスを病む。病苦の中で仏典に親しみ、句の中に清浄感を確立した。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 「切れ」の点ではやや物足りないように思えますが、ゼンマイの生い茂る沼のそばに、現実と理想郷とが結びつけられるという、幻想的な句。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)