蜀犬 日に吠ゆ

2011-04-19

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 ころり渦巻く元禄年間。男たちの野望が動き出すのです。

関東の巻・近世(江戸時代)

鹿野武左衛門

 元禄六年(一六九三)の四月下旬に、江戸でソロリコロリという悪い病気が流行した。一万余人の人々が死んだという。妙な流言蜚語が江戸市中に飛び、大騒ぎとなった。そのころ、あるところの馬が人間のことばを使って「南天の実と梅干とを煎じて飲めば即効がある」といったという、とんでもないデマが飛んだ。おまけに、その由をしたためた「梅干しまじないの書」という小冊子が印刷され、その本がまた飛ぶように売れた。そして、南天の実と梅干の値段はたちまち騰貴して二十倍、三十倍にまではねあがった。人心を乱すことはなはだしかったのでついに六月十八日付で町奉行能勢出雲守から江戸市中へ触書を出して、厳重に取りしまることになった。

 いろいろ詮索した結果、その流言の犯人として神田須田町の八百屋惣右衛門と浪人の筑紫団右衛門の二人が逮捕されたが、この両人は、馬が人語を発したというのは、噺家の鹿野武左衛門が書いた『鹿野巻筆』第三「境町馬の顔見世」の咄からヒントを得て、梅干と南天の実の値上げを考え、「梅干まじないの書」を出版したことを告白した。

関山和夫『落語名人伝』白水Uブックス

関東の巻・近世(江戸時代)

鹿野武左衛門

 結局、元禄七年三月十三日に筑紫団右衛門は主犯として江戸市中引廻しの上、斬罪に処せられ、八百屋惣右衛門は従犯として流罪となった。気の毒なのは噺家の鹿野武左衛門で、彼も伊豆大島へ流されてしまった。『鹿の巻筆』の板木は焼かれ、版元の本屋弥吉も江戸追放、「梅干まじないの書」も焼却された。どうやら鹿野武左衛門は、この金もうけに一枚かんで、団右衛門らに頼まれて、南天と梅干の効能書「梅干まじないの書」を書いたらしい。そうでなければ、暗示を与えたぐらいで島流しの重罪に問われるはずがなかろう。もっとも噺家の武左衛門が、そんなに腹の悪い男とは思われないので、おそらくは八百屋惣右衛門らにおだてられて一筆書いてしまったものであろう。そう考えれば、いかにもこの人らしい無邪気な行為と受けとれる。

関山和夫『落語名人伝』白水Uブックス

 人心の乱れる時、それは悪辣な商売のチャンス。

落語名人伝 (白水Uブックス)

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