蜀犬 日に吠ゆ

2011-04-23

[][]壁はどこにある?~~~柴田元幸『代表質問』新書館 13:53 はてなブックマーク - 壁はどこにある?~~~柴田元幸『代表質問』新書館 - 蜀犬 日に吠ゆ

 みんなで作るディストピア。

村上春樹 一九八九年の村上春樹

◇状況に有効にノオと言ったことがあるだろうか

村上 僕らはね、実際的にはもう長い間異議申し立てなんかしていないんですよ。だれももうノオとは言えなくなってしまっている。僕らが最後にノオと言ったのは一九七〇年です。それ以来だれもノオと言ってないんじゃないかと思うんです。そのあいだ状況は僕らに対して何度もノオと言っている。石油ショックだとか、ドルの不安定だとか、産業構造の転換だとか、

アフリカの飢饉だとか、地球の温室化だとか、チェルノブイリだとかね。でも僕らが状況に対して有効にノオと言ったことはたぶん一度もない。うまく言えなくなっちゃったんだと思うんです。単純にノオと言えなくなってしまった。誰に対してノオと言えばいいのかもわからない。『ダンス・ダンス・ダンス』の中でも書いたけれど、何かに石を投げるとそれがワープして、こっちに戻ってくるんです。原発のことだってそうですね。どれだけノオと言ったって、不幸なことにはやりとりがだんだん山羊さん郵便みたいに迷路化してくる。原発反対運動なんかも昔だったらもっとずっと簡単だったですよ。

 それい僕らが一九七〇年に叫んだノオだって、結果的には何の意味も持たなかった。その動機はべつに間違ってはいなかったと思う。やりかたもああする以外になかったと思う。でも結局は何の意味も持たなかった。そこから始まっているんですよね、すべては。じゃああの異議申し立てというものはいったい何だったんだと。

柴田元幸『代表質問』新書館

村上春樹 一九八九年の村上春樹

◇状況に有効にノオと言ったことがあるだろうか

村上 じゃあいいんだけど(笑)。すべては細部から始まると僕は思いますね。でも僕は思うんだけど、僕らはもう共闘することはできないんですね。それはもう個人個人の自分の内部での戦いになってくる。というか、もう一度そこの部分から始める必要がある。状況をどう受け入れるか、どう自分を異化させるか、そこでどのような価値観を作っていくか。ちょうど『羊をめぐる冒険』で「鼠」が羊を飲み込んだみたいにね。ひとりひとりが自分でそれを飲み込まなくてはならない。そこには共闘というものはないですね。シンパシーを感じあうことはできる。共感することはできる。でも共闘はできない。そういう意味ではむずかしい時代ですね。孤独な時代だと思う。

柴田元幸『代表質問』新書館
代表質問 16のインタビュー

代表質問 16のインタビュー


[][]あずまきよひこ『よつばと!』9 電撃コミックス かんそう(その7) 13:22 はてなブックマーク - あずまきよひこ『よつばと!』9 電撃コミックス かんそう(その7) - 蜀犬 日に吠ゆ

 やんだ好きだなあ。しまうーの次にやんだがステキ。なので今回は画像二枚。

 イケメン!

よつばとやきにく! かんそう

 10月10日。雑誌掲載の2009年なら土曜日。連載開始の2003年で時間が進行しているなら、金曜日。

 話はフラワージャンボから始まる。「ジャンボ」って、大きいからのあだ名ではなかったのか、それとも「フラワージャンボ」でかつ大きいからジャンボなのか。

 (どうでもいいけど、「ジャンボ」ってもともとスワヒリ語(東アフリカで通商するアラブ人とアフリカ人が折衷した合成言語)で「こんにちは Hello!」の意味です。アメリカ? の動物園にいたアフリカ象の愛称がジャンボであったことから、大きなものをジャンボというようになったそうです。Google ったけどあんまり解説はありませんでした。リーダース英和には「東アフリカのこんにちわ」以上の情報がない。)

 半額の正体は2ページ待たないといけないのですが。定額食べ放題と半額はどっちが得か? 最近職が細ったから、半額の方がうれしいけど、お店の側からすると少食なんて嫌われるのでしょうね。

 花屋って、保つ花売ったら困るのかなあ……などとジャンボの心配しつつ、常連さんがいるならそれに超したことないですね。「カサブランカ」っていうとイングリッド=バーグマン(君の瞳に乾杯)ですけど、まあ普通は「ユリの女王」ですよね。高いよね。としかいいようが。秋色アジサイは始めて知りましたが、園芸品種? 高いの?

 (あとで書く)



[][][][][]春のうた を読む(その29) 13:22 はてなブックマーク - 春のうた を読む(その29) - 蜀犬 日に吠ゆ

57

 紅燈(こうとう)のちまたに往きてかへらざる人をまことのわれと思ふや

                  吉井 勇(よしいいさむ)


 第二歌集『昨日まで』(大二)所収。第一歌集『酒ほがひ』の「かにかくに祗園はこひし寝(ぬ)るときも枕の下を水のながるる」は有名だが、歓楽のちまたにおぼれる旧華族の蕩児(とうじ)と彼を見る世間に対し、「まことのわれ」はそこにはないことを知れ、という。作者は後に、当時たえがたい悲哀のためわざと身をもち崩していたと自解しているが、事情はどうあれ、彼が作った歌は昂然たる蕩児の調べで、それが魅力なのである。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 「たえがたい悲哀のためわざと身をもち崩していた」、口先では何とでも言えますからね。人が見るのはその行為です。

 赤提灯といわず「紅燈」というとなんかすごそうですけど、つまりそういうことでしょ?

 私は家飲み派。限度がない。


58

 富人(とみびと)の番付(ばんづけ)をわが見てゐしがあはれなる春のしじみ汁食ふ

                   前川佐美雄(まえかわさみお)


 『白木黒木』(昭四六)所収。例年春たけたころ新聞紙上をにぎわす長者番付をながめての歌である。作者は第一歌集『植物祭』(昭五)以来長らく、反写実主義的な新風で注目された歌人だが、作家の基本をなす感性には、いちじるしく風狂への傾きがあり、右の歌の下地にもそれがある。加えて一種のとぼけた味。上句と下句の付き方が面白く、貧乏くさくみせて然らざるところに妙味がある。「しじみ汁」が春のあわれを語って効果的だ。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 はるのあわれ。嫉妬しているのかしていないのか、貧乏を嘆いているのか楽しんでいるのか。いや別に貧乏だとは言っていないか。たしかにすっとぼけた味のある歌ですね。こういうのいいなあ。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)