蜀犬 日に吠ゆ

2011-04-23

[][][][][]春のうた を読む(その29) 13:22 はてなブックマーク - 春のうた を読む(その29) - 蜀犬 日に吠ゆ

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 紅燈(こうとう)のちまたに往きてかへらざる人をまことのわれと思ふや

                  吉井 勇(よしいいさむ)


 第二歌集『昨日まで』(大二)所収。第一歌集『酒ほがひ』の「かにかくに祗園はこひし寝(ぬ)るときも枕の下を水のながるる」は有名だが、歓楽のちまたにおぼれる旧華族の蕩児(とうじ)と彼を見る世間に対し、「まことのわれ」はそこにはないことを知れ、という。作者は後に、当時たえがたい悲哀のためわざと身をもち崩していたと自解しているが、事情はどうあれ、彼が作った歌は昂然たる蕩児の調べで、それが魅力なのである。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 「たえがたい悲哀のためわざと身をもち崩していた」、口先では何とでも言えますからね。人が見るのはその行為です。

 赤提灯といわず「紅燈」というとなんかすごそうですけど、つまりそういうことでしょ?

 私は家飲み派。限度がない。


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 富人(とみびと)の番付(ばんづけ)をわが見てゐしがあはれなる春のしじみ汁食ふ

                   前川佐美雄(まえかわさみお)


 『白木黒木』(昭四六)所収。例年春たけたころ新聞紙上をにぎわす長者番付をながめての歌である。作者は第一歌集『植物祭』(昭五)以来長らく、反写実主義的な新風で注目された歌人だが、作家の基本をなす感性には、いちじるしく風狂への傾きがあり、右の歌の下地にもそれがある。加えて一種のとぼけた味。上句と下句の付き方が面白く、貧乏くさくみせて然らざるところに妙味がある。「しじみ汁」が春のあわれを語って効果的だ。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 はるのあわれ。嫉妬しているのかしていないのか、貧乏を嘆いているのか楽しんでいるのか。いや別に貧乏だとは言っていないか。たしかにすっとぼけた味のある歌ですね。こういうのいいなあ。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)