蜀犬 日に吠ゆ

2011-05-06

[][]あずまきよひこ『よつばと!』9 電撃コミックス かんそう(その8) 21:25 はてなブックマーク - あずまきよひこ『よつばと!』9 電撃コミックス かんそう(その8) - 蜀犬 日に吠ゆ

 Enjoy Everything!

よつばとらいきゃく! かんそう

 よつばとって、ときどき遠近感や視野をゆがめてきますが、このコマはそういう効果が生きていないのではないでしょうか。

 何かというと、あさぎよりよつばのほうがドタマが大きい。大学生と5歳児ですよ。このバランスはさすがに変。と思って裏表紙をみたらよつばの方が脳容積大きいのが正確でした。あさぎさんは八頭身かしら。物差しで測ったら身長115mm で頭頂からあごまで15mm だったので、7.6頭身。よつばも頭は15mm でした。まあ頭の大きさは子供のころから大きく変わらないといいますから、よつばも妙齢になるとあさぎみたいになるわけですか。

 あとさー、あさぎみたいに腰まで髪を伸ばしている人って、屋内ならいいけど、屋外でも座ることに躊躇(ためらい)がないのでしょうか。後で出てくるけど、まあ触れられてはいない。昔コンクリにしゃがんで周りの砂埃を払っている人を見かけて髪の毛に神経は通っていないとはいえ、感覚としてどういうことになっているんだろうと疑問だったものです。


 和式とか

 いかんいかん。


 蕗のすじをとるえな。10月に蕗料理? あれってそれこそ今頃初夏の食べ物というイメージですけど、何かあるのか、私の季節感が狂っているのか。一応ググったけど、旬は3~5月。で間違いなさそう。蕗以外で、こんなぴーする食材あったかなあ。ちょっと思い浮かばないあたりが私の限界か。「よつばとらいきゃく」関連ですこし検索してみましたが、そういう検証をしている人は見つかりませんでした。


 「おかしターイム」。この「タイム」は、「お菓子の時間」なのか「お菓子にするのでタイムをとる」なのかわからんですね。というか、スポーツで「タイム!」っていったり「わあ!! タンマタンマ」の意味がわからないままもう人生折り返そうとしているのですよ。世の中わからんことばかり。

 まあ、いいんですけど。

 どんどんよつばとはなれていくので、

 (あとで書く)


[][][][][]夏のうた を読む(その2) 19:59 はてなブックマーク - 夏のうた を読む(その2) - 蜀犬 日に吠ゆ

3

 郭公(ほととぎす)なくや五月(さつき)のあやめ草あやめもしらぬ恋をするかな

                   よみ人しらず


 『古今集』巻十一恋。集の恋歌全五巻を代表する位置にある巻頭歌で、古来広く愛誦された歌。上三句は同音を重ねて「あやめ」を引き出すための序詞。「あやめ」は文目(あやめ)で織物・木目など模様。それさえ見分けがつかぬほど恋に夢中で、というのが「あやめもしらぬ」。上三句は下二句とは意味上関係のないことをいっているが、初夏を代表するほととぎすと菖蒲(あやめ)がさわやかに歌われ、そのため下二句の恋の悩みも、はつなつの光と風に洗われている。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 恋は盲目。で終わりにしては和歌になりませんからね。いちおう技巧はこらすわけです。

 それで思ったのですが、無季自由律って、ことわざみたいですね。「せきをしてもひとり」とか。


4

 谷に鯉もみ合う夜の歓喜かな

          金子兜太(かねことうた)


 『暗緑地誌』(昭四八)所収。昭和三十年代、いわゆる前衛俳句が俳句が俳句界を席捲したが、その旗手だった作者の比較的近年の作で、いわゆる無季の定型句。夜、せまい谷合いで鯉がもみ合っている。この情景には性的なほのめかしをもった生命のさわだちがある。それを「歓喜かな」で受けた。歓喜しているのは鯉だとも作者だともいえない。むしろ夜そのものの肉体が歓喜しているというべきか。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 金子先生若い時からオヤジ入っていたんですね。


折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)