蜀犬 日に吠ゆ

2011-05-12

[][][][][]夏のうた を読む(その9) 20:11 はてなブックマーク - 夏のうた を読む(その9) - 蜀犬 日に吠ゆ

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 越後屋(えちごっや)に衣(きぬ)さく音や更衣(ころもがへ)

                 榎本其角(えのもときかく)


 蕉門の俊才其角は、元禄時代の江戸っ子気質を奔放華麗に詠んだ俳人で、師芭蕉の閑寂志向とは対照的な都会趣味、伊達好みだった。「越後屋」は日本橋駿河町にあった呉服店で、三越の前身だという。現金掛値なし、切売りという薄利多売商法で人気を博した。「衣」はここでは裂く時の音がピッと鳴って快い絹だろう。衣がえの季節、呉服屋の店頭のにぎわいに、江戸の初夏の感興があふれた。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 去来だ曾良だという向きとひと味違う。やはり其角ともなるとうっかり「談林派か」というような句をひねりますね。越後屋という、実在の店名を出してくるあたりも洒落が効いています。いまなら、俳句に「イオン」だの「ユニクロ」と読み込むようなもので、花鳥風月を期待しているとビックリするというしかけ。


18

 六月の氷菓一盞(いっさん)の別(わかれ)かな

          中村草田男(なかむらくさたお)


 第一句集『長子』(昭一一)所収。「貝(かい)寄風(よせ)に乗りて帰郷の船迅し」「秋の航一大紺円盤の中」など、『長子』には多感な若き日の旅中の秀吟があるが、右の句も青春の哀歓がにおいたつようである。氷菓は夏の氷菓子の総称で、ここではアイスクリームか。「盞」はさかずきだが、ここは氷菓の容器をいう。夏休みに入るころ、それぞれが散ってゆく学生同士の、しばしの別れの情景か。漢語調のことばの張りがこの句の命である。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 まあそれはいいのですが、「夏」で、中村草田男なら、もっとこう、あるでしょう。「日本詩歌の常識」づくりというのであれば、「万緑の中や吾子の歯はえそむる」を外してどうする、と思うのです。「万緑」という季語を作ってしまった言葉の力、八音五音五音というダイナミックな中切れの技巧。「いや、それはあまりにも有名だからあえてはずす」という態度は、「折々のうた」にあってよいのでしょうか。(それとも大岡先生は「万緑……」を評価しないのでしょうか。)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)